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「え、Aさん?」
『秋庭さんと一緒に私も出来るだけ時間を稼ぐよ。彼をーーーー譜和さんを止めて欲しい。』
コナン君は大きく目を開いたが、すぐに頷くと、廊下を駆け出していった。私は目の前のカーテンを潜って秋庭さんの背後に立つ。会場では、秋庭さんのアカペラに対抗するかのように堂本さんのオリジナル曲の演奏が始まっていた。それに追従するかのように山根さんのバイオリンと、千草さんの歌が波に乗り出す。
「っ!」
それでも、秋庭さんは歌い続けていた。
しっとりとした濃厚な歌声が酷く心地良い。そんな彼女の歌を生かしたい。支えたい。その一心でアメイジング・グレースの伴奏を弾き始めれば、再び、会場がざわめき出した。あんなに練習を重ねていた山根さん達の邪魔をしてしまうのは申し訳なく思うが、状況も状況だ。後で謝ろう。
ちょっとあれって、緑川Aじゃ......。
嘘!?サプライズゲスト出演?
そんな声があちらこちらから聞こえた。
「.......貴女.....」
秋庭さんも突然の伴奏に驚いたのだろう。歌の境目でこちらを振り向いたけれど、それも一瞬だった。彼女は気を取り直して再び前を向くや、迷いなく続きを歌い始める。秋庭さんのその奥深い表現に、千草さんの歌声が臆したように弱まっていった。
『ーーーー秋庭さん、少し時間を』
歌の境目で囁けば彼女との視線が合わさる。右の瞳だけそっと閉じてみせれば、途端に彼女の瞳が大きく見開かれた。元々は、コナン君や歩美ちゃん達と演奏する舞台のために編曲したバイオリンのアドリブフレーズ。結局、チャリティーコンサートでは披露出来なかったのだけれど、それがここで役に立つとは思わなかった。これで短くても30秒くらいは時間を稼げる筈だ。途中で山根さんの音が消えたのが分かった。
『.......次です』
「.........了解」
それから再び秋庭さんの歌声が響き渡る。堂本さんはそこで諦めたのだろう、自身のオリジナル曲を止めてアメイジング・グレースの伴奏をし始めた。このアメイジング・グレースにおける堂本さんの伴奏は、最下の鍵盤のみを用いた演奏仕様らしい。だからこそ、彼女はこの曲を歌ったのだろう。彼に続いて山根さんもセコンドとして上手く私の伴奏に合わせてくれる。流石、プロだった。秋庭さんが歌いながらステージ中央に降りると、スポットライトが移動して彼女を神々しく照らし出した。
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