君と僕の現実逃避行 ページ42
無事に会場入りした私達。私はロビーでバイオリンケースを預け、一方で受付の女性と朗らかに話している快斗君を見遣れば首を傾げた。受付の女性が彼に向かって握手やらサインやらを求めている様子だったからだ。彼は人差し指を立てながら、シーと黙らせている。それを目の前でされてしまった彼女の瞳は、正しくハートだった。
『ーーーー受付の人と、知り合いだったの?』
開演時間まで余裕があったため、私達は二階にあるソファーに座りながら一息をついていた。私の問いかけに快斗君は苦笑する。
「......俺じゃねェけどな。」
快斗君の言葉に再び首を傾げれば、彼は私の右手を引いて立ち上がらせた。
「時間もあるし、少し探険しよーぜ。ほら、ここの3階では演奏者のCD販売もしているみたいだしよ。」
『......良いよ。』
あまり追求されたくない話題だったのだろうか、私は溜息をつくと彼に従った。
「ーーーーすみません。」
3階へと続く階段を昇る途中で左手首を引かれたため振り返れば、そこにはサラサラな金髪に日に焼けたような肌色の彼ーーーー安室さんが立っていた。どうやら彼もここに来ていたらしい。初めてみた彼の正装姿に大きく目を見開くと、どうした?と数段上に昇っていた快斗君に訊ねられた。
そういえば、私、今日は青子先輩の姿だったはずじゃ。
『........あの、どちら様ですか?』
安室さんは少しの沈黙の後に、ニッコリと笑みを浮かべる。
「......失礼しました。僕の知り合いに、貴女がとても似てらっしゃったので。」
『.......私が、ですか?』
「ええ。特に貴女のその声なんてそっくりですよ。」
その知り合いが変装しているのではないか、と疑うくらいには。そう続ける彼の言葉にコクリと唾を飲み込んだ。彼に繋がれた左手首が、意図せずにして酷く脈打っているのが自分でもよく分かる。
「へー.....青子にねぇ。でも、お兄さんの人違いなんだろ。それとも、こんな所でナンパか?」
快斗君だった。彼は私の背中に腕を寄せて、安室さんから庇うように対峙してくれている。
「.......いえ、呼びとめてすみませんでした。」
そう言って階段を降りていく安室さんを確認してから、私達は階段を昇った。人通りの多い3階を通り過ぎて4階まで上りきってようやく一息をつく。周りに誰もいない様を認めれば、快斗君が深い溜息を零した。
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