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『−−−してますよ、常に。だからこそ、練習をいっぱいします。時間がある限り、本番でも自信が持てるくらい沢山。』
山根さんは、あぁだから常にバイオリンを持ち歩いているんですねと頷いた。私が首を傾げると、彼女は石原さんの名前を口にする。黄昏の館でメイドをしていた彼女の名前だ。
「彼女は、私の従姉妹なんです。貴女のことは少しだけ、聞きました。とても、努力家な方だと。」
『そうだったんですね。』
「.........はい。」
気まずい沈黙にそろそろお暇しようと口を開いた。
『−−−えーと、張り替え中にお邪魔してごめんなさい。』
それじゃ、私はホールに戻ります.......そう言って扉に向かった時だった。緑川さん、と呼び止められる。
「−−−本番、私の代わりに弾いてもらえませんか。」
彼女のか細い言葉に思わず振り向けば、山根さんはそのまま言葉を続けた。
「河辺さんの代役なんて、私には無理だったんです。それも、ストラディバリウスだなんて.......」
『..........私だって、ストラディバリウスなんて名器、弾いたことないですよ。』
「それでも、貴女には舞台度胸も、惜しみない練習を重ねられる根性も、持って生まれた天性の才能も備わってる。きっと私よりも、です。私なんかが、舞台に立つより−−−」
山根さんの言葉に目を細めた。
『.........山根さん。人生の中でストラディバリウスを弾くという幸運に巡りあえるのは、ほんのひと握りの−−−選ばれた人だけです。』
「私はたまたま.....河辺さんが負傷したからで......。」
『たとえ、それが偶然だったとしてもです。運も実力、ですよ。』
「.................。」
『そもそも私にはまだ、それを弾くだけの運も実力もありません。』
「............そんなこと」
『"弾き方はバイオリンが教えてくれる"でしたっけ。』
「..............?」
『プロの奏者がよく口にする言葉ですよね。バイオリンと仲良くしなくちゃ、私達は良い演奏ができないって。』
「.......仲良く」
『でもそれって、結局は楽器の音をよく聴き、音を楽しむってことなんじゃないかなと思います。』
「..............。」
『山根さんは、ストラディバリウスとの演奏を楽しんでいますか?』
「..........っ、私は........」
そう呟いたきり考え込む彼女に口元を緩める。山根紫音さんの演奏−−−楽しみにしていますね、と言って私は踝を返した。
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