魔法使いの調べ ページ27
リハーサルの時間が近づくと、毛利さんや阿笠さんと合流した。警視庁の刑事さんが数人ホールの入り口付近に控えながらも、ステージでは河辺さんの代役として山根紫音さんがストラディバリウスの調弦をしている。
彼女が弾く曲目はアヴェ・マリアだった。どこか緊張した面持ちの彼女に、思わず千秋と顔を見合わせる。
細い腕に構えられたバイオリンは微かに震えていた。
『..........あ、』
静かに紡がれていくその調べは、倍音はきちんと出ているのだけれど音が詰まったように伸びがなかった。ストラディバリウスの迫力のある響きが伝わってこない。
「ダメだダメだ!この一週間、何をしていたんだ。」
堂本さんの怒号が響き渡り山根さんはびくりと肩を揺らす。場内は騒然とし、秋庭さんの嫌味も飛び出した。震える声で謝る山根さんに、堂本さんのもう一度、という声色が冷たく向けられる。
『...............っ』
思ったように鳴らない音量を無理にでも出そうとしたのだろう。2回目の山根さんの演奏は、側から見てもどこか乱暴だった。
「−−−あんな無茶な弾き方したら.....」
彼女の苦し気な演奏に手に汗を握りしめ、千秋が目を細めたその時だった。バチン、と鋭い音が鳴り弦がはじける。その弦は山根さんの顔を傷つけ、演奏を中断させた。
「す、すみません。すぐに張り直してきます。」
そう言ってバイオリンを抱きしめ駆け出す彼女を見るや、バイオリンケースからミニサッカーボールを取り出す。
『−−−千秋、私ちょっと行ってくるね。』
「......お節介はほどほどにね。」
『分かってる』
15分の休憩を宣言した堂本さんの言葉を聞いて、私は彼女の後を追った。
『...........失礼します。』
山根紫音さんの控え室を訊ねれば、彼女は暗い表情でバイオリンの弦を張り替えていた。
「−−−み、緑川さん?」
『....あ、手は止めないで下さい。』
ボールから絆創膏を取り出すと、彼女の側のデスクに置いた。
『それを渡しに来たんです。痕が残ってコンサート本番に奏者の顔が傷だらけじゃあ、恰好つかないでしょ?』
「あ、ありがとうございます......。」
『−−−いいえ。』
山根さんがおずおずと見上げてきた。
「........あの、緑川さんは、緊張とかしないタイプですか?」
コンサートやメディアに出る機会も多いですよね、と話題を振られて思わず何度も瞬きをする。
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