憂鬱な終演 ページ49
『……っ!』
まだ、危険は去っていない。
ステージからは嫌でも見えてしまう光景に、そう直感した。ここから丁度見上げた先の応接室では、こちらをギラギラとした目で見下ろしている譜和さんとその隣にコナン君がいる。彼が手に持つ機械は、まさか手動式の爆弾起爆スイッチだろうか。
「ーーさあ」
堂本さんに促されて引き戻された意識。舞台から降りなさい、と彼は言う。主催者である彼にここまで誘導されたら、秋庭さんと共に舞台袖に下がらざるを得なかった。限局的に緊迫した空間に後ろ髪を引かれながらも、事件の解決を遠くから願うことしかできない。
『…え?』
その時だ。その応接室の窓ガラスにトランプカードが突き刺さった。今にも片手を上げてスイッチを押そうとしていた譜和さんは、そのことに驚いたのだろう。呆けた彼に追い討ちをかけたのは、連続したリコーダーの音と一発の銃声。それをきっかけとして取り押さえられた彼は警察に現行犯逮捕されることとなった。
「ーー皆さん、落ち着いて移動してください。」
客席に避難指示が出され始めている。警察の方から事情を聞いた秋庭さんと堂本さんが譜和さんの待つ応接室へと向かう中で、部外者である私は静かにステージを後にした。
「ーーーー緑川さん」
声をかけてくれたのは山根さんだった。リハーサル時と比べて頬が大分痩けていたが、それでも彼女の瞳は活き活きとしている。
『山根さん達の演奏を邪魔してしまい、すみませんでした。』
頭を下げれば、彼女は慌てたように首を横に振った。堂本さんのソロの演奏が終わる前にどうやらある程度の事情は秋庭さんから聞いたらしい。
「緑川さんのアドリブ、とても素敵でした。」
彼女に微笑まれた。彼女はそう言うが、あのアドリブは下策だった。確かに時間自体は稼げたかもしれないけれど、私のせいで堂本さんの音楽家としてのプライドを刺激してしまった。ラストのアドリブがそれだ。快斗君のお陰で結果として爆発は起きなかったが、それでも一歩間違えれば大惨事になっていただろう。
「それに、久しぶりに音楽を楽しむという感覚を取り戻せたような気がします。緑川さんのお陰です。ありがとうございました。」
彼女の言葉にゆっくりと首を振った。
『…私は何もしてないですよ。』
この短期間でストラディバリウスの音色を引き出せたのは、彼女自身の才能と努力があったからこそだろう。私の言葉は、ただのきっかけに過ぎなかった。
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