▼ ページ29
『ーー今回は怪我をしてません。』
「そうですね。命があって何よりです。」
『……。』
「緑川さんも心配しているようでした。」
『ーーどっちの緑川?勿論、父ではないよね。娘のことを気にかけられるほど、あの人も暇じゃないでしょ。』
「……。」
『ーー叔母様に伝えて下さい。私は相変わらず元気です。問題なく演奏できます、と。』
「−−−−分かりました。」
車窓越しに流れていく夕闇の景色に肩肘をついて私は溜息を零した。
文和さんにホテルに送り届けてもらった後、与えられた自室で千秋と連絡を取り合えば、お互いの情報を交換した。あの後すぐに河辺さんのご家族と連絡が取れたらしい。
その後の対応はご家族に引き継がれたけれど、付き添った千秋を気にかけてくれたのか、彼女の母親から直接、河辺さんの状態を教えてもらえたとのことだった。現在、彼女は輸液管理そして感染症対策として軟膏を塗られてICUで経過をみている状態であり、壊死した部分の切除(デブリードマン)や植皮は翌日以降のオペで段階的に治療していく予定だと聞かされた。未だ予断を許さない状態だけれど、彼女が比較的若いこと、火傷が背面のみに留まり気道まで及ばなかったことなどから−−−−最悪の結果は免れやすいとの見解だった。
私は私で、あの後連城さん水口さんが発見され病院に搬送されたこと、それから、私達二人、堂本さんからのリハへの招待を受けたことなどを伝えた。警察の事情聴取については、私も千秋も後日再度協力を請われる可能性がある、と。千秋は、分かったと答えた。
『ーーあの時、河辺先生が私達を逃してくれなかったら、私達もあの爆発に巻き込まれていたかもしれないんだよね。』
電話越しに千秋が息を呑んだのがわかった。改めて口に出してみると、その事実に冷や汗が出てくる。下手をすれば、私も千秋も死んでいたのかもしれないのだ。気まずい空気のまま彼女との通話はそこで終了した。
それからもう一件電話をかける。
『ーーーー遅くにすみません、先生。緑川です。実は今日』
第三者から聞かされるよりはと思い、その後、バイオリンの師匠に電話をかけて事情を説明し、私も千秋も無事であることを伝えた。先生はまだニュースをみていなかったのだろう、驚きと同時に安堵してくれてはいたが、それでもセミナーの参加を促したご自身を悔やまれているようだ。先生のせいではないことを重ねて言い、電話を終えた。
66人がお気に入り
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ