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『−−−−実を言うとさ、私以上に周りが心配してくるものだから、ちょっとだけこわくなってくるよね。ただの擦り傷の筈なのに、そんなに怒られたり心配されたりして、もしかするともっと酷い怪我や病気を負ってしまったんじゃないかって錯覚する。』
「−−−−不運だったのは、貴女が今をときめく高校生バイオリニストだったってことだね。そんなに心配なら、意固地にならないで病院に行けば良いのに。」
『……。よし、病院に行かなくても良いようにもっと勉強しよう。自分で診察できちゃえば、行く必要なんてないからね。』
そしたら今度は職業として毎日病院通いでしょうが、と彼女に突っ込まれたけれど、聞こえないフリをした。
セミナーは練習室2で行われた。参加者は予め選定されていたのか10人も満たなかった。堂本学長の紹介から始まり、河辺奏子さんが講師として指導をしてくれる。テーマは、バッハ。無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ&パルティータ第1巻だった。予め指定されていた楽譜とノートを取り出しながら、河辺さんの調弦を待った。
『−−−−っ!』
河辺さんは一度ソナタ第2番第3楽章を弾いてみせてくれた。一つのバイオリンで、旋律と通奏低音の二声を弾きわけなければならない曲であり、ボウイングの高度な制御が要求される。それをいとも簡単に弾いてみせてくれるのだから、流石だ。彼女が弾き終わった後は、自然と拍手が舞い上がった。
「−−−−ありがとう。ここにいる皆さんも、とても高い実力を持っていると聞いています。さて、今日のテーマは、バッハの対位法について。皆さんは、バッハについてどれだけご存知ですか?」
河辺さんがまず伝え始めたのは、バッハの幼少時代の話だった。兄の楽譜を夜な夜な写譜をすることから始めた彼はそれからプチ編曲、そして作曲家へと成長していく。
バッハは10才の頃には教会で聖書読譜に不可欠なラテン語を学び、オルガンをパッヘルベルに師事することで対位法を学んでいった。
「ーーーーパッヘルベルのカノンはとても有名ですね。ちなみに、堂本ホールには実際にバッハが使用したとされるパイプオルガンがあるので、興味のある方は是非。」
その瞬間、周りが騒ついた。ここに集まっているのは音楽自体にも興味がある子が多いのだろう。実際の作曲家が使用した楽器に興奮を隠せないようだった。
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