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「いや、ゴメンゴメン。Aちゃんって反応が素直だから可愛いくて。」
零さんはズルい人だ。その笑顔で"可愛い"なんて言われれば、怒るにも怒れない。それどころか、嬉しい…なんて思ってしまうのは、変、なのかな。サラサラと揺れる、彼の色素の薄い髪がとても綺麗に輝いて見えた。
――零さんとは、私が五歳の時に初めて出会った。私が公園で泣きじゃくっていた所を当時高校生だった彼は、私をあやして泣き止ませてくれ…挙げ句、家まで送ってくれた。その時繋いでくれていた大きくて温かな掌の感触は、今でも忘れられない。…子供ながらとても安心したし、胸が高鳴ったのを覚えている。私の初恋の人だった。もう十年間も密かに想い続けている。
私は個室のドアをノックすると、返された許可に扉を開けて中に入った。
『母さん、身体はどう?』
「大丈夫。それよりA、今日は入学式だったわね。おめでとう。制服、似合ってるわ。」
『……そう?へへへ。』
「うん、さすが母さんと父さんの娘ね。」
私はその場で一回りしてみると、母さんは満足そうに頷いていた。
母さんがここに入院してから、もう三ヶ月が経つ。今はこうやって元気そうに見えていても、母さんの身体の中には確かに病魔は潜んでいた。三ヶ月前よりは目に見えて痩せたし、一週間前よりも隈が酷く、頬がこけてやつれているようにすら思える。病衣から覗く腕は驚くほど白くて細くて、見なければ良かった…ととっさに目をそらした。
脇に控えた椅子に座りながら、嫌な予感を振り払うように今日の入学式について母さんと語り合った。担任の先生はどうだった、とか、友達できそう?、とか、校長先生の話はつまらなかった、とか本当にありきたりで、たわいのない話。けれどそんな一時が、幸せだった。
『……父さん、今日ここに顔出した?』
「え。ううん、何か用事?」
『じゃなくて、母さんが入院して一ヶ月過ぎた頃から…父さん、全然母さんに会いに来ないじゃん。薄情だなって。』
「…父さんだって忙しいのよ。他にもいっぱい患者さんがいるし…それに―――」
『それに?』
「こんな弱り切ってしまった姿、父さんに見せたくないわ。美人な母さんのイメージが崩れちゃうじゃない。」
ガクリと、椅子から転げ落ちそうになる仕草をしてみせた。
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