検索窓
今日:8 hit、昨日:13 hit、合計:202,171 hit

ページ11

――――――…


ニ曲めのアンコールが終わって、私と啓太さんはステージの袖へと戻ってきた。


「お疲れ様です。」


文和さんが私と啓太さんに冷たいタオルを渡してくれる。私は叔母にバイオリンを預けて、タオルで手を拭った。顔を拭いてしまうと化粧が落ちてしまうため、軽くタオルを当てるだけにしておく。


「どうする?」

啓太さんに聞かれる。意味はもちろん、アンコールの三曲めをやるか?ということだ。


『トロイメライ〈夢〉を』


「すぐ弾くのも変ですし、もう一度出てからにしませんか?」


文和さんの申し出に啓太さんは首を横にふった。


「早く出たい。車で今夜中に大阪に行っておきたいんだ。」


『じゃあ、弾きましょう。けど、その前に調弦させてね。』


熱演が続いて、弦が少し緩んできている。私は、客の前で長々と調弦するのは好きではなかったため、舞台の袖で弦を張った。



『―――OK。』

私は啓太さんに頷いてみせてから、バイオリンを手にステージへ出ていくと、客席を埋めた客はまだほとんど帰っていなかった。ステージの中央へ出て、深くお辞儀をする。フリルが沢山ついた赤いドレスを着た私は年齢よりも幼く見せているだろう。このドレスを選んだのはもちろん叔母で、彼女の戦略だった。


私がバイオリンを構えると、拍手は一段と高まった。啓太さんがピアノに向かう。譜面は必要なかった。


『では、最後に―――シューマンの〈トロイメライ〔夢〕〉を。』

拍手が一気にホールを揺るがし、すぐに静まった。弓を右手に、目を閉じた。弓が弦に当てられてバイオリンは朗々と鳴り出す。

シューマンのトロイメライは〈子供の情景作品15〉の中の一曲である。演奏技巧的には決して高度なものではない。しかしだからといってこの曲集は曲目通りの子供のための曲ということではなく、むしろ年をとった人のために意図されて書かれたらしい。


『(―――私はプロのバイオリニストへの道を歩き出した。それは自覚している。実績もそれなりにあるため、もう無理に医学部を強要されることもないだろう。)』





高校だって、一流の音楽家の卵が集まる私立の音高に内定をもらっていた。きっと私はプロとして生き、母さんが目指していた世界を経験していくのだろう。


だけど。それで本当に良いのだろうか。

▼→←▼



目次へ作品を作る感想を書く
他の作品を探す

おもしろ度を投票
( ← 頑張って!面白い!→ )

点数: 9.8/10 (39 票)

この小説をお気に入り追加 (しおり) 登録すれば後で更新された順に見れます
154人がお気に入り
設定タグ:赤井秀一 , 安室透 , 降谷零   
作品ジャンル:ミステリー
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告

感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)

ニックネーム: 感想:  ログイン

作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ

作者名:ナツメ | 作者ホームページ:http  
作成日時:2019年12月9日 11時

パスワード: (注) 他の人が作った物への荒らし行為は犯罪です。
発覚した場合、即刻通報します。