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――――――…
ニ曲めのアンコールが終わって、私と啓太さんはステージの袖へと戻ってきた。
「お疲れ様です。」
文和さんが私と啓太さんに冷たいタオルを渡してくれる。私は叔母にバイオリンを預けて、タオルで手を拭った。顔を拭いてしまうと化粧が落ちてしまうため、軽くタオルを当てるだけにしておく。
「どうする?」
啓太さんに聞かれる。意味はもちろん、アンコールの三曲めをやるか?ということだ。
『トロイメライ〈夢〉を』
「すぐ弾くのも変ですし、もう一度出てからにしませんか?」
文和さんの申し出に啓太さんは首を横にふった。
「早く出たい。車で今夜中に大阪に行っておきたいんだ。」
『じゃあ、弾きましょう。けど、その前に調弦させてね。』
熱演が続いて、弦が少し緩んできている。私は、客の前で長々と調弦するのは好きではなかったため、舞台の袖で弦を張った。
『―――OK。』
私は啓太さんに頷いてみせてから、バイオリンを手にステージへ出ていくと、客席を埋めた客はまだほとんど帰っていなかった。ステージの中央へ出て、深くお辞儀をする。フリルが沢山ついた赤いドレスを着た私は年齢よりも幼く見せているだろう。このドレスを選んだのはもちろん叔母で、彼女の戦略だった。
私がバイオリンを構えると、拍手は一段と高まった。啓太さんがピアノに向かう。譜面は必要なかった。
『では、最後に―――シューマンの〈トロイメライ〔夢〕〉を。』
拍手が一気にホールを揺るがし、すぐに静まった。弓を右手に、目を閉じた。弓が弦に当てられてバイオリンは朗々と鳴り出す。
シューマンのトロイメライは〈子供の情景作品15〉の中の一曲である。演奏技巧的には決して高度なものではない。しかしだからといってこの曲集は曲目通りの子供のための曲ということではなく、むしろ年をとった人のために意図されて書かれたらしい。
『(―――私はプロのバイオリニストへの道を歩き出した。それは自覚している。実績もそれなりにあるため、もう無理に医学部を強要されることもないだろう。)』
高校だって、一流の音楽家の卵が集まる私立の音高に内定をもらっていた。きっと私はプロとして生き、母さんが目指していた世界を経験していくのだろう。
だけど。それで本当に良いのだろうか。
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