【夏目友人帳】桜舞う頃に (ページ44)

今日:26 hit、昨日:5 hit、合計:92,775 hit

42 息ページ44

再び、怖いくらいの静かな時間が訪れる。

私は、深呼吸をするように大きく息を吸った。

ゆっくりと眼を閉じて、自分の過去を思い起こす。

歴史が大きく動き出そうとしていた時代に、私は、

人の子として産まれた。

父親は、どこの誰かも分からない。

母親は、私を産んですぐに私を棄てて逃げてった。

それは、望んでいない出産だった。

私は、望まれていない者だった。

産みの親なんて、知らない。

育ての親なんて、思い出せない。

だから私は、愛情を知らない。

……幼少期の頃の話は、別にいらないだろう。

彼らには、この後から話そう。

眼を開けて、視線を夏目君達の方へ戻す。

声を出すのを、少し、ためらった。

話してしまったら、私が造り上げた全てが、崩れて

しまう気がした。

でも………。

何故だろうか。彼らには、話しておかなければいけ

ない気がした。

こんな愚かな失敗を、もう、繰り返さないように。

さっきまで作っていた笑顔を崩した。

こんな作り笑顔、今はいらないと思ったからだ。

ゆっくりと、息を吸う。

そして私は、まるで戒めを語る様に、ゆっくりと話

始めた。

「昔々、平安時代の末期のこと。

貴族から武士の時代へと変わる頃。

そんな時代に、私は人の子として産まれた。

しかし当時は世の中が乱れていて、子供を育てるこ

とすらも難しい時代だった。

だから私は、金を得る為に売られた。

……それからしばらくして、私が大人として見られ

る様になってから、少し経ったある頃。

私は、当時莫大な権力を持った貴族に、家臣として

見出された。

しかし、まだまだ下っ端。

貴族の作法も知らなければ、丁寧な言葉遣いすら分

からない。

貴族の方々にすら会えない様な、どちらかという

と、使用人の様なものだった。

当時の私は、ほとんど無感情。

笑わないし、あまり喋らない。

そのような日々が、数年続いた。

幾らか地位も上がり、たまに貴族の方々の姿も拝見

出来るくらいになった。

そんな私に当てられた仕事というのが、その貴族の

姫君の護衛。

突然の事だった。

最初のうちは、正直、その姫君が鬱陶しかった。

護衛よりも、戦に参加したかった。

でも、姫君の側には数人のお世話係と私以外、誰も

いない。

父親も、母親も姫君のことを、殆ど構っていないよ

うだった。

それなのに、姫君は毎日無邪気に私に笑いかける。

私は、そんな姫君が、少しずつだが愛おしく感じる

ようになっていった…。」