或る夜、或る幽霊 ページ1
FDに乗りたい。
乗り心地は最高だが生きた心地はまるでしない上司の愛車に体を揺られながら、降谷零はそう強く思った。
びゅんびゅんと見慣れぬ景色を後ろに追いやっていくフロントガラスには、ほんの少しだけ硬い表情をした降谷が半透明に映っている。その左には妙に愉しそうな上司の姿。
海外メーカーの高級車を乗り回す男――吾妻宗介は、心なしかいつもより若く見えた。しかし目的地も何も知らされず、突然この車に乗せられた身としては、なまじ良い頭が次々と不穏な予測を立てていくのに怯えるだけだ。
「どこに向かっているんです？」
降谷はこの車に乗ってから４回目となる質問を投げた。
「さぁ。どこだろうな」
ハンドルを握る男も４回目になる同じ答えを返した。
車はそれきり沈黙をのせて走っていく。ライトに照らされたアスファルトが、夜を取り戻そうと必死に身を潜める。
▽
車は、表通りと思われる道から一つ二つと裏手に入っていき、やがて赤レンガの建物の前に停まった。
ペンキのはがれかけた古めかしい扉のすぐ上に、丸みを帯びたスズランのような形のランプがつり下がっている。金属製の看板を見るに、どうやらここはパブらしい。
「誰かと酔いたいのであれば、僕ではなにかと不足でしょう」
「ただ酔いてぇだけなら、もっとからかい甲斐のあるやつを連れてくる。風見とかな」
「僕の部下を苛めるのはやめてください」
「ハッ、お前がそれを言うのか」
一瞬うなり声かと聞き間違えるような低い声で笑い、ネクタイを緩めてみせる運転手兼上司。白いものがちらほらと目立つようになった頭と、少し深さを増した皺は時間の経過を感じさせるが、精悍な顔つきに収められた深海の暗さの瞳は昔となんら変わらない輝きを放っていた。
「降りろ。中で人が待ってる」
「人？」
「今夜の主役だ」
曖昧な物言いに眉を寄せる降谷。そんな彼の様子は気にも留めず、深海の男はパブの扉を開いた。淡い喧噪が板一枚分の空間から流れ出し鼓膜を通る。
――ふと、懐かしい声が聞こえた。
「久しぶり、降谷」
柔らかいが、よく通る声。透き通っているが、鮮やかな声色。もう二度と聞けるはずのないその声に、降谷はハッとして顔をあげる。
「降谷は変わらないね。昔のままだ」
そこには、降谷の記憶よりもいくらか髪の伸びた、見知った女の姿があった。
彼女は、四年前に死んだはずの降谷の恋人と同じ姿をしている。
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さくらんぼ＆チェリー - 更新待ってます。面白お話を書いてくださり、本当にありがとうございます。感謝してもし着れません。 (2019年9月1日 15時) (
レス) id: fed8378344 (このIDを非表示/違反報告)
さかな(プロフ) - ◎たなは◎さん» ありがとうございます！ちゃんと最後まで紡ぎ、終わりを編めるよう努めますので、よろしければいつでもご観覧ください。 (2018年8月10日 18時) (レス) id: 9a66748afd (このIDを非表示/違反報告)
◎たなは◎(プロフ) - さかなさんの紡ぐ新しい世界を待ちわびていました。素敵な物語、読めて嬉しく思っています。これからも楽しみです。 (2018年8月10日 17時) (レス) id: 302b94aee9 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：さかな | 作成日時：2018年8月10日 15時
