十人十色、恋模様【短編集】 (ページ6)

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＊太宰さんと「お誘い」ページ6

「やあAちゃん、珈琲を一つ頼むよ」

世の女性を魅了する笑みを浮かべた美しい男は、頭から足の先まで全身びしょ濡れだった。

「...太宰さん、濡れ鼠になって来店するのはいい加減おやめ下さい」

今度やったら張っ倒しますよ、と言いながらタオルを手渡すと手厳しいねと特に反省するようなそぶりもなく受け取るこの男。

彼が来店する時、三回に一回は全身に水が滴った状態なのだから非常に困ったものだ。床と席が濡れてしまう。

そんなことを考えながら店長から珈琲を受け取る。今日も変わらず良い香りのするそれをお盆に乗せ、太宰さんの目の前にコトリと置く。

「珈琲飲んだらすぐ帰って下さいよ、如何して毎度入水してから店に来るんですか」

「君は本当に私への当たりが強いねぇ、これでも一応お客様なのだけど？」

「太宰さんが濡れて来るのが悪いんでしょう。普通に来店なされば普通に接客しますよ」

つん、と彼から顔を背け立ち去ろうとすると、彼に左の手首の当たりを緩く掴まれ引き止められる。

「...あの、私まで濡れるんですが」

「君が私と一緒に心中してくれればもう濡れてここに来ることはないんだけどねぇ」

「いやそれ濡れて来るどころか来店そのものが不可になりますから」

心中のお誘いなら他を当たって下さい、と手を払っても太宰さんはニコニコと表情を崩さない。

本当にこの人変な趣味さえなければ完璧なのに...あれ、何で私こんなのと恋人なんだっけ、おかしいな。