はい、あーん！【忍たま】

5　頭沸いてんのか？ ページ6

「はあ！？んなもん近づけんじゃねえよバカクソ！」
「シンプルに悪口」

「あはは」と笑いを漏らしながら、イナゴを1匹摘んでいる八左ヱ門。
Aにとってコイツ以上に今馬鹿だと思う奴は存在しない。
普段の食べ物すら、超がつくほどの偏食なのに虫を食えだと？コイツはとち狂ってるのか？
おにぎりを持ったまま口元を引き攣らせ、八左ヱ門からそっと距離を取ろうと図るA。
　だが、八左ヱ門はAが一歩距離を取ると、その倍は近づいてきた。


「美味しいんだぜ？騙されたと思って食べてみろよ！」
「騙された誰が食うかンなもん死ね」
「死ねって」


虫を好きな女子なんて、ほとんど居ない。
Aもそれに漏れず虫はそれほど得意ではないのだ。それを食えだと？
考えただけで喉がひっくり返りそうになるし、嗚咽も無限に湧き出る。

「死ね」という悪口の次元を越えたものすら出てきたが、八左ヱ門は気にもしていない様子だ。
何故か？それは、Aには分からない、八左ヱ門の中の感情にあった。

そう、なにを隠そうこの男、Aのことを純粋に慕っているのだ。
何故慕っているのか、それを知るにはAが最早覚えちゃいない、八左ヱ門だけが覚えている記憶を振り返らなければならないのだが、それはまた追々。

今八左ヱ門の思考には、「すごく美味しいから是非食べてほしい！」という純粋無垢な言葉しかないのだ。
最も、Aにとって迷惑この上ないし、そもそもAは八左ヱ門のことを認知していなかったため、ただ虫を口に捩じ込もうとしているクソ野郎でしかない。

「はい、あーん！」 「や、やめろ！！！！」

心の底からの笑顔で虫を押し付けてくる亀の子束子こと竹谷八左ヱ門。
いつのまにか涼し気な風に揺れる芝に押し倒されたAは、肩をがっちりと掴まれたまま虫を掴んだ菜箸を、一歩、また一歩と近づけられていた。

見る見るうちに青ざめ、目尻に涙をためていくA。
最早頭もいっぱいいっぱいなのか、悪口のボキャブラリーも減っていき、「やめろ」「ばか」「あほ」としか言わなくなっていた。
否、言えなくなっていた。

「ンう！？」


・


目尻に涙を溜めたまま、絶世の美女はくのいち長屋にある湯船に一人浸かる。
あの後、必死の思いで暴れたAは結局、口に異物が入ってくるのは阻止できなかった。
ぐっとねじ込まれた菜箸の先にいるそれは、間違いなく虫。虫なのだが……

「普通に美味しかった……くそ……」

ばちゃん、と水が跳ねた。

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