尋問 ページ35
蝶屋敷は、今日も人で賑わっていた。
治療を終えた隊士達の談笑する声や治療に勤しむ蝶屋敷の少女たちの声が至る所から聞こえてくる。
その中に、怪我を負った青年とそれを治療する少女の姿があった。
無言を貫いていた二人だったが、少女の言葉で沈黙は破られることとなる。
「最近Aさんの怪我が多いんです。何か知りませんか、冨岡さん。」
先程まで全く動きを見せなかった青年の表情が僅かに動くのを、彼女は見逃さなかった。
「ご存じですよね?」
駄目押しとばかりに、彼女がもう一度問いかけてくる。
今彼女が口にした話題は、彼にとっては面白くない内容だった。
青年は目の前の少女から目を外したまま口を開く。
「俺は何も知らない。失礼する。」
「あら、治療はまだ終わっていませんよ。」
恐らくAについて根掘り葉掘り聞かれるのだろうと察して席を立とうとすると、負傷した右腕を思い切り掴まれた。
痛みで眉間に皺を寄せる冨岡の姿を見ながら、蝶屋敷の主人はにっこりと微笑んだ。
「さぁ冨岡さん。何があったか教えてもらえますよね。」
蝶屋敷へ来たのは失敗だった、と微笑む胡蝶を見ながら思う。
こうなると胡蝶が梃子でも動かない事はこれまでの経験から理解できていた。
誤魔化そうにも自分は顔に出る性質らしく、結果的に嘘が露見して無駄な労力になるだけだ。
それ故に、一度胡蝶に捕まってしまったら選択肢は自ずと限られてくる。
Aとのやり取りを正直に話してさっさと解放してもらった方がいいだろう。
そう心に決めた冨岡は胡蝶の前に腰を下ろすと、重い口を開いて事の顛末を伝える。
「胡蝶に話すようなことは何もない。他の男を好きになってくれと言っただけだ。」
自分の選択に後悔はしていない。
彼女が自分の事を好きだという気持ちは、気の迷いだ。
妹が兄を慕うように、たまたま近くに居たのが自分だったから勘違いした。
少し離れれば彼女の気持ちも変わるだろう。
自分は彼女のような人間に愛されるような男ではないのだ。
彼女の家族を鬼から守ることのできなかった自分が彼女に愛される資格など無い。
彼女はもっと、幸せな人生を送るべきなのだ。
自分は彼女を悲しませることはあれど、幸せにすることは出来ないだろう。
彼女の隣に立つべきなのは自分以外の誰かだ。
それなのに、去り際に見せた彼女の無理矢理張り付けたような笑顔が頭から離れない。
胡蝶に捕まれた右手の傷が、今頃になってじくじくと痛みを主張し始めた。
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作者名:kanna | 作成日時:2019年10月22日 12時