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そもそも考えもしなかったが、記憶を失う前の自分は家事など経験があったのだろうか。

少しばかり、見えない記憶に心を馳せてみる。






 炊事 …… 米 … 煮炊き……




──あれ、



一瞬引っかかりを覚えた途端、モヤがかかった様に思考がブレる。


手を伸ばしても何も見えない掴めない思考の中、だんだん、 自分自身 の、 輪郭がぼや け て







───── な ん だ っ け ?












パ ン ッ ッ











乾いた音に反射的に体がビクついた。




同時に、どこかへやっていた意識が引き戻され、いつの間にか止めていた息がハッと薄く漏れる。

何を考えていたのか思い出せないのに、ドクドクと動悸がわずらわしい。




『大丈夫?』



胸の前で手を合わせた姿のままのAに声をかけられた。



「…うん、多分。…すこし考え事した、だけ」


──何を考えていたかは、分からないけど
心の中だけで、密かに付け足す。




『……そう? ならいいけど』



じっとこちらを観察するように見つめた対面の彼女は、まだ病み上がりに近いし無理はしないでね。と続けたのち






『じゃ、まあ気を取り直して。

そいうことで、今日から一緒に夕餉の準備をしてもらいます』




そうだ。そんな話をしていた。


彼女の言う生きる力を養う、という彼女の方針は無一郎としてもありがたい話なので最後にもう一度うなずいて"食"の分野の日課が決定となったのだった。





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作者名:しろクロ | 作成日時:2020年12月11日 17時

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