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その先には比較的大きな庭園があった。様々な花や盆栽が置かれていて、地面は綺麗に整備されている。
今、自分が立っている場所より更に奥の方には、やや小さい池が一つあった。
その池の前で女性が一人、しゃがんでいる。俺はあの後ろ姿に見覚えがあった。幾度と見てきたから自信を持って言える、あの女性は真依さんだ。
俺の体の中で何かが弾けて、居ても立っても居られなくなる。
そんな衝動に身を任せて、真依さんに向かって走り出した。華奢な背中を一刻でも早く捕らえたくて、深夜なのに物音を立てながら駆け寄った。
その音を聞いた真依さんはしゃがんだまま、こちらを振り向いた。そして俺を視認すると立ち上がって、若干歩み寄ってくれた。
「伏黒君、どうしたの? そんなに慌てて」
俺は黙った。
昼間の出来事で、俺の醜い目論見なぞ疾うにバレているというのに、彼女を目の前にして、素直に会いたかったからと告白する勇気が消えたのだ。
「真依さんを見かけたので……」
適当に答えると、真依さんは「そうなの」と微笑んだ。
月明かりが差しているおかげか、今宵の真依さんは平生より妖艶に見える。寸刻で俺の心を喰い尽くす彼女はまるで夢魔だ。なんてことない浴衣でさえ色情的に見える。
今夜の真依さんはなんだかおかしい。片時も真依さんから目を離さなかったことがプラスに働き、いち早く違和感に勘づくことができた。
伏し目がちに微笑する彼女の格好から、黒い影を捉える。憂いを帯びたそれは俺の心をざわつかせた。真依さんを放っておけなくなる鎖が全身に巻きついて離れない。
「真依さん」
「伏黒君」
二人の言葉が見事に重なった。その一瞬で言いかけていたことが消え去って、俺は彼女に先を譲った。
真依さんは若干照れて、口をもごもごさせた。心做しか頬は微かに色付いている。
余程重要なことを告げられるのかと予想した俺は、重たい口から「二人っきりよ」と言われた時、適切な反応ができなかった。奥ゆかしい彼女から誘わせたくせに、何もできなかったのである。
真依さんは遠慮と受け取ったのか、駄目押しというふうにもう一度口を開いた。今度は流れがあったから幾分か言いやすかったのだろう。
「キスしないの?」
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作者名:しりお | 作成日時:2021年11月27日 20時