時計台の鐘が鳴れば―3― (ページ5)

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青年は1ミリたりとも眉根を動かしやしないが、内心は機械ながら混乱していた。
まさかこうくるとは思わなかったのだ。
家族を失った悲しみや父親の狂気に耐えられなくなり、てっきり気をおかしくしたり、自分を拒絶してくると青年は予想していたが、見事にそれはすべて外れる。
しかも弟とあっさり受け入れるときた。
いや、逆に気がおかしくなった結果かと案が浮かぶが、Aの状態は極めて通常であった。
ただ、何もかもを諦めたような雰囲気を漂わせている。

「私は、Aって言うの。あなたのお姉さん。あともう1人、ディアンって言う弟がいるわ。あなたのお兄さんにあたるの…ああ、ごめんなさい」

Aは間違いを謝罪した。

「…いるんじゃない…いたんだった。あなたにはお父様もお母様もいたのよ、やさ、優しくて、賢く、賢くて…」

言葉を紡ぐ度、少女の声と笑顔は見る見るうちに崩れていく。

「……っあ、本当よ、優しっく、っくって、ね、ひっく、みんないい人、ばかりだったのっよ、嘘っじゃない、あれは……夢、あ、ちがっ……うう……」

次第に嗚咽ばかりで話すのもままならなくなり、いっぱいになった目からは止めどなく大粒の涙が溢れた。

「ごめっなっさ、い、私、のせいだわ、…ごめん、ごめんね……」

鼻水も垂れてきて顔を真っ赤にし、もう見えを張り切れなくなった面を剥がして、底が抜けたようにわんわんと泣き始めた。
やっと彼女の本心が見えたような気がする。
誰からも責められず寄られず、自ら流した涙はこれが初めてだった。

Aが泣き始めたのを確認すると、青年は手を取られたままAの身長に合わせてしゃがみ込む。
青年の姿勢が変わったことに気づかず泣き続けていた彼女に、青年はゆっくりと手を伸ばす。
縮こまった少女の肩をそっと掴んで、そのまま、服が汚れることも構わず自分のもとへ抱き寄せた。
順を追ったみたく行われた抱擁に、Aは青年がそのように行動するよう造られていると分かる。
それでも…見た目だけが人間である存在がこうも有難いことを知ると、Aは青年に縋りつくしかない。

ひとしきり青年の胸で泣いて、からからになった喉を唾で潤し、静かな声でこう告げた。

「私、あなたのことを愛するわ。私の弟だもの。けど、あなたの存在はどうしても許せない。
ねえ…ヘンリー」

ヘンリー、

「命令。私を導いて」

この信じられない、夢みたいな世界から、Aを目覚めさせてほしい。