着信音の、しあわせ／fj ページ21
「……転勤で、此処を離れなきゃいけなくなった」
買ったばかりの家で寛いでいる時に彼が言ったその一言で、私達は呆気なく遠距離恋愛になってしまった。
着いて行く覚悟など出来ていたけど、「Aは新しい環境があんまり得意じゃないし、家も買ったばかりだから待っていて」と彼が言うから。
「絶対に、帰ってくるから」
真剣な瞳で、私にそう言うから。
頷くしか、なかった。
彼が私の事をよく分かってくれていることも、離れなければいけないことも、全部がごちゃ混ぜになってしまって、それは涙となって溢れ落ちてきた。
彼の事を信じたくないと言えば嘘になるけど、不安だって沢山だった。
広い家に、1人で残されるのが。ベッドの隣が、空っぽなのが。
そんなこれからの毎日が簡単に想像出来て、不安で押し潰されてしまいそうだった。彼はそんな事まで見透かして、その腕で私を強く強く抱き締める。長い前髪から覗いた切れ長の優しい目は、私を捉えて離さない。
そのまま降りてきた顔に、抗うことなく目を瞑った。
・
次の朝、彼はもう支度を済ませて出発する所だった。それが彼なりの気遣いであることは分かっていた。そうでもしないと、離れられそうにないから。
最後にコートを手に取った彼は此方へ歩み寄る。
「……ごめんね」
「絶対、帰って来てね」
眉を下げて申し訳なさそうにした彼に届くように背伸びをして、長く口づける。
彼は玄関で此方を向いて笑ったきり、振り向くことなく歩いていった。
唇に残る体温が、嫌に悲しかった。
「っ、くそ、かっこわりい」
「泣いてるなんて、こんなの」
「駄目だ、振り向いたら行けなくなる」
・
あれからどれだけ経っただろうか。
忙しい彼とはなかなか連絡もとれず、家の何処にいても、隣を見上げても冷たくて何もないのを見ては寂しくなっていた。
「っ、帰って来てよ」
我慢の限界だった。溜め込んで溜め込んで、もう溢れだしてしまった。
大好きなゲームをしても、隣に彼はいない。
ご飯を食べても、目の前の席に彼はいない。
２つのコントローラーが並べられて。
目の前の席で、嬉しそうに「美味しい」と笑ってくれたのはいつだっただろうか。
「っ！」
鳴った着信音に急いで携帯を掴む。愛しいその名前に、応答を押して答えた。
「ね、窓の外見てよ」
「あ、フジくん……！」
手を降るその姿がぼやけてしまう。
「ごめんね、待たせちゃって」
大好きな声が、二重に聞こえた。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 121人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
ねむねむね〜むね - siratama〇さん» 何度もめんどくさいコメントすみません！fjさんのお話見させてもらいました！夢主さんがずっとこの夏をループして、忘れられない感じ？がとても好みな一作でした！fjさんの一言で終わらせられたって考えると涙が出てきます(？)その他の作品の更新も頑張ってください！ (2019年8月27日 15時) (
レス) id: 94679e293b (このIDを非表示/違反報告)
siratama〇(プロフ) - ねむねむね〜むねさん» あわわ！またまたコメント有難う御座います……！そのお言葉で頑張れます。最近更新が滞っており大変申し訳ないのですが、近日中には必ず更新致します。意外な結末のエンドのお話考えておきますね！コメント本当に嬉しいです、にこにこしながら拝読しておりました。 (2019年8月25日 21時) (レス) id: 1503b2e324 (このIDを非表示/違反報告)
ねむねむね〜むね - しらたまさーん！この短編集でのしらたまさまの、魔法が解ける瞬間みたいな、意外な結末のED(？)がすごい好きです！好きなのはuszwさんのお酒強い奴です！ (2019年8月25日 19時) (レス) id: 94679e293b (このIDを非表示/違反報告)
siratama〇(プロフ) - ▼あこあこ.。さん» この度は投稿が大変遅れまして本当に申し訳ありません。これからもsiorやTOP4でのお話も執筆していく予定です。沢山のお褒めのお言葉嬉しいです、そのお言葉で頑張れます！リクエストいつでもお待ちしております。この度は本当に有難う御座いました！ (2019年6月30日 10時) (レス) id: 1503b2e324 (このIDを非表示/違反報告)
▼あこあこ.。 - しらたま様..!! リクエストさせていただいた小説を拝見させていただきました..！ もう本当に最高です..。期待以上のものでした..!! 本当にありがとうございます！ しらたま様の小説ほんと好きなのでまたリクエストさせていただきます。 (2019年6月30日 8時) (レス) id: 4f02a02f8e (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：siratama○ | 作成日時：2019年3月2日 18時
