第９話 普通 ページ10
第９話 普通
カチャカチャと、ガラスのぶつかり合う澄んだ音が聞こえた。
瞼を開けると、木目が視界に入った。
突っ伏して寝ていたようだ。顔を上げた。
「……草薙さん？」
半分無意識にそう呟けば、トラッド風のファッションの男が振り返った。
「おお。やっと起きたんか」
優しげにひとつ微笑み、棚にボトルを並べ終えてから、もう一度Aに向き直った。
「もう連中は帰ったで」
言われて周りを見渡せば、他に誰一人として姿はない。
オレンジ色の暖色の灯りが、カウンター周辺を照らしている。窓の外は藍色。
ポケットからタンマツを取り出して、画面表示を確認する。
『１８：４６』
確認した途端に、ブランケットが肩から滑り落ちた。
何度か瞬きをした。
椅子に座ったまま、落ちたブランケットを掴み上げた。
そのままカウンターの中に視線を向ける。
それに気づいた草薙がやんわりと笑った。
「いくら春って言っても、夜は寒いからなあ」
グラスを磨きながら言う。
「……どうも」
木目を見ながら言った。
草薙は軽く笑った。
「……聞きましたか」
草薙が顔を上げた。
「ああ、噂の話やろ？」
Aは何も言わずに口元にパーカーの袖を当てた。
「……吠舞羅に、敵対心でもあるんですかね」
なんでわざわざ吠舞羅と似たような噂を流した？ なんでわざわざ吠舞羅に喧嘩を売ってくる？
わからない。わからない。
「A、」
名前を呼ばれた。
我に返った視界で見ると、手の中にはいつの間にかタンマツがあった。
いつもの情報収集のためのアプリを開いている。
「……あんま無理せんとき」
顔を上げる。
心配そうに視線を向ける草薙の顔。
「無理なんて、してないですよ」
むっときて、思わず言いかえした。
「しとるやろ。寝不足なんちゃうん？」
草薙の口調もいつもより荒い。
「違いますよ。てか、普段闘わない分もっと……」
「お前は普通やったらまだ学生の年やで？ そんな無理してどうすんねん」
無意識に、口を閉じた。
“普通”って……。
“普通”って……！
「……仕事の時間なんで帰ります」
ガタンと、大きな音をたてて立ち上がった。
ブランケットが落ちたが気にしない。
カランカラン、といつもより激しくドアを閉めた。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 91人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
愛加那(プロフ) - 前作も読みました！凄い気になってたんですけど、何で俺っ娘なんですか？ (2016年10月31日 13時) (
レス) id: ca2f36dce2 (このIDを非表示/違反報告)
蘭花(プロフ) - 更新、待ってました！これからも頑張って下さい。寒くなってきたのでお体にもお気をつけください。 (2014年11月20日 19時) (レス) id: 1a959382f2 (このIDを非表示/違反報告)
夏みかん - 続きが気になるぅぅぅ！更新楽しみにしてますね！ (2014年8月12日 1時) (レス) id: 5a67f2bcc0 (このIDを非表示/違反報告)
Rinatin - 夕凪さんの作品大好きです！これからも更新頑張ってください！！ (2014年8月4日 8時) (レス) id: c3c23d5867 (このIDを非表示/違反報告)
桃瀬(プロフ) - 夕凪さんの作品全て好きです！これからも頑張ってください！ (2014年4月27日 16時) (レス) id: 2625b7962c (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：夕凪
| 作成日時：2014年3月29日 17時
