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「伊野尾のことだからどうせ全然終わってないんだろ」
「やだなあ、誰かさんのスパルタ指導のおかげで順調デスヨー。残すはあとひとつだけ」
「この間のあれはもう終わった?」
「あれ?」
「世界史のレポート」
「…残すはあとひとつだけ、です」
「ダメじゃん」
だって難しいのだ。幸せな結末を求めてネットの海を網羅しても出てくるのはバッドエンドばかりで、筆が思うように進まない。髪の毛をクルクルと弄びながらそう零すと、人魚姫を選ぶからだろとバッサリと切り捨てられる。
「今からでも他の話に変えたら?このままじゃ終わりが見えないだろ」
「えーー、」
「何その顔」
「だって薮が言ったんじゃん、俺に似てるって。だから変えるのもなんだか勿体ない気がして」
薮のあの言葉の真意はやっぱりよくわからないけど、おとぎ話の主人公と似ていると言われれば不思議と嫌な気はしなかった。嫌いな悲劇も少しは好きになれそうだと思ったのだ。
あれ、結局どういう意味なんですか?とこの前と同じように問いかければ、どういう意味だろうね、とこちらもこの前と同じような曖昧な返事が返ってくる。そのまま再び歩みを早めていく薮に、今日はやたらと置いていかれるなあ…と彼の歩幅に合わせるのを諦めてゆっくり歩いていると、不意に数メートル離れた距離から声が飛んできた。
「6時に現地集合ね」
「…えっ……、え?」
「耳遠い」
「いや、聞こえてたけど…!」
さっきまであんなに乗り気じゃなかったくせに、一体どんな風の吹き回しだろう。唐突なお誘いの言葉に思わず目をぱちくりさせていると、薮は少し焦れた様子で行くの?行かないの?とさらに言葉を投げかけてくる。
「行きます行きます!もちろん!」
「すごい食いついてくるね。エサ投げ込まれた魚みたい」
「えー?俺は人魚姫なんでしょ?」
「それ自分で言ってて恥ずかしくならない?」
「ひっどい!」
悪態ばかりつく薮に、カバンの一つでもぶつけてやろうと俺は踵を蹴って彼のもとへと駆け出す。道路脇に植えられた向日葵が陽の光に照らされて真っ直ぐに伸びているのが目に入り、どうしようもなく笑顔があふれた。
高い空。
眩しい太陽。
そして、彼からのデートの約束。
「あっつーい!」
「こんな炎天下に走るからだろ」
「俺を置いてく薮が悪いんですー!」
単純な俺は、たったそれだけで色褪せていた世界がカラフルに色付いていくように感じたのだ。
Fin.
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琴葉(プロフ) - ひなたさん» コメントありがとうございます!矛盾しているその気持ちわかります。映画が終わった瞬間だとか、最終巻を読み終えた時だとか。薮くん視点やその後のお話、考えてみますね。時間がかかってしまうのですが、待っていていただけると嬉しいです。とりあえずただいまです。 (2018年5月22日 16時) (レス) id: 3ce7e31af3 (このIDを非表示/違反報告)
ひなた(プロフ) - おかえりなさい。今更みたいになってしまいましたが。完結してしまったんですね。続きを読めて嬉しかったけれど終わってしまうと一抹の寂しさ。個人的には薮くんサイドのお話やその後のふたりも気になります。また落ち着かれたら新しいお話もお待ちしてます(^ω^) (2018年5月19日 20時) (レス) id: 85d71dbfbe (このIDを非表示/違反報告)
琴葉(プロフ) - かほさん» こんにちは。受験、終わりました。応援ありがとうございます^^ (2018年3月7日 15時) (レス) id: 3ce7e31af3 (このIDを非表示/違反報告)
琴葉(プロフ) - ひなたさん» こんにちは。受験、終わりました!待っててくださってありがとうございます。今週中には更新するつもりです。遅くなってごめんなさいm(_ _)m (2018年3月7日 15時) (レス) id: 3ce7e31af3 (このIDを非表示/違反報告)
かほ(プロフ) - このお話大好きです。受験、応援してます! (2018年2月10日 20時) (レス) id: fb0730de71 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:琴葉 | 作成日時:2017年8月23日 12時