【文スト】此の愛しき地獄に祝杯を

分岐 ページ25

其れは例の約束から僅か数日後の事だった。




正確な日時は覚えて居ない。けれど君の手が酷く冷たかったから、きっと季節は冬だ。





『お握り作ったんだ。一緒に食べよう?』





一人で寂しそうに座って居た敦に声を掛けた。





「・・・今は、いらない」





素っ気ない返事と辛そうな横顔で、私は君が悩んでるのだと勝手に合点した。





『今度は何の悩み?』





聞いて如何するのかと云われれば、特に何かする訳では無かった。





でも敦の事は放って置けなかった。たとえ自己満足だとしても、私が君にとって唯一無二のヒーローで居たかった。





だから私は敦が口を開くのを根気よく待った。君は此方をちらりと見て、躊躇いがちに口を開いた。





「・・・世界の事も大人の事も子供の事も、皆嫌いだ」





唐突な始まり方に慣れている私は頷いた。





けれど、敦はそんな私を、何処か恨みがましそうな視線を混ぜて睨み付けていた。





何時に無い君の攻撃的な表情に、私は思わず怯む。





其の怯んだ瞬間を狙い澄ましたかの様なタイミングで、敦は強く云い放った。





「・・・でも、何時も偽善臭いAの事が、一番嫌いだ！」





表情が凍ったのが、自分ではっきり判った。





敦はそんな私を見て、何故か傷付いた様な顔をして、其れでもなお云い切った。





「・・・もう二度と話し掛け無いで呉れ」





突然の決別は、よく考えれば不自然な事では無かった。





一緒に此処を出よう、と約束してから此の日迄、敦は私に対して何処か素っ気なく、遠慮がちで、何時もより明確に距離を取って居た。





けれど私はそんな事を考える余裕も無く、唯君の手を掴みに走った。





『ねぇ、待って！』





其の手は冬場の雑巾の様に冷たかった。





『何でそんな事云うの！?つい此の間約束したばっかりなのに・・・』





「迷惑なんだ！もう止めてよ・・・」





迷惑と云う言葉に、背筋がスッと冷える。其の隙に君は私の手を振り払ってさっさと何処かに行った。





涙は出なかった。君が居なくなったという事実に、感情が追い付かなかったのだ。





唯、数日前にした筈の約束は二度と果たせないのだということだけは幼い私にも判った。





だから私は、其の晩に孤児院脱出の計画を立てて、一週間準備しただけで実行した。





院の中で君の姿を見る度に、苦しくなるのは御免だったから。

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