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トレイくんその29! ページ11



久しぶりにトレイを思い出してから一年間、私はもう何年も会っていないその男の子にずっと心を持ってかれていた。今でもスポーツは好きなのかな。ちゃんと勉強はしてるのかな。部活はサッカー部かな。どういう女の子がタイプかな。彼女とかいたらどうしよう。私のこともう覚えてないのかな。と段々自分に都合の悪い方向の想像ばかりが膨らんでしまって一人で勝手に落ち込んだ。でもたまに、私のこと特別だって言ってくれたよね、と自分に都合の良い妄想もしたり。頭の中で理想ばかりが大きく膨らんでいった。そして転機が訪れたのは一年後、ミドルスクール最後のサマーホリデーだった。

付属の高校へエスカレーター式に上がると思っていたはずの自分の進路は、いきなり開かれた海路によりめちゃくちゃになった。実家に届いた黒い招待状が二枚だったとき、気が付けば私は自分の名前が書かれた郵便物を握りしめて走り出していた。庭を駆け抜け、昔トレイたちが教えてくれた抜け道をくぐった。正直抜けられるか心配になったがおしりがつっかえつつもどうにか屋敷から脱出することができた。そこから見た景色はまるで虹色で、昔と少し建物も色移りをしているはずなのにトレイの家までの道を身体が覚えていた。
ナイトレイブンカレッジもこの時期なら長期休みに入っている。もしかしたら、もしかしたら本当に会えてしまうかもしれない。もう少し、あと少しであの場所へ辿り着く。

最後の角を曲がったときに広がった景色は記憶よりもずっとカラフルで明るかった。ガラスのショーケースに並ぶ豊富な種類のケーキ。テーブル席でタルトを頬張る若いカップル。子どもと手を繋いでお店から出てくる笑顔のお母さん。自分が味のしない学生生活を送っていた時も、ここでは確かな時間が流れていた。感極まって涙が出そうだ。

「────……A?」

確かめるような疑うようなそんな声で呼ばれた。背中に投げかけられた低い声に聞き覚えはなかったが、どことなくトレイの父に似た優しい声だ。一拍遅れですぐに振り返った。
振り返った先に立っていたのは記憶に懐かしい面影を持つ、自分より背の高い男の子。眼鏡の奥の目は大きく開かれていて、自転車の前カゴの紙袋からはオレンジが零れ落ちそうになっている。太陽が必ず昇るように決まって、春になれば花が咲くようにごく自然に、彼からの呼びかけに「トレイくん」と呼応した。彼は私に釘付けのままズレた眼鏡を直して「はは、」と笑った。

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作者名: | 作者ホームページ:https://marshmallow-qa.com/_sora_fleur  
作成日時:2024年2月15日 21時

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