109 ページ9
「最後に会った夏祭り。あの、最寄駅からいくつか離れたところの」
佐倉くんがうなずいたのを確認して、話を続けた。
「あの時そういうことだったのかなって。だったら謝んなきゃって」
訝しげに私を見つめる佐倉くんに、さらに言った。
「その時私知らなかったけど、それまでに嫌な思いさせちゃったなって思って。将来スマホ買ってもらったら電話したいとか、声が好きとかそんな話ばっかりして」
佐倉くんが微笑んで、スマホを手に取った。
そして「嬉しかったよ」と書いて、私に見せた。
「でも、好きな人できたって手紙……」
佐倉くんは画面を見てから、首を振った。
忘れたのだろうかと思って「私が貸したアルバムに手紙入れてたでしょ。好きな人できたって。別れようって」と聞いた。
さっきの分を消して、佐倉くんが新しい文章を入力した。
「好きな人がいる、って送った」
「……いる？」
言われてみれば、好きな人が「できた」じゃなくて「いる」だったっけ。
でもそんなの、意味の違いなんて……。
佐倉くんはうなずきながら、私を指さした。
……どういうこと？
思考が完全に停止して、何も考えられなかった。
固まっている私をよそに、佐倉くんは「悲しませたくなかった」とスマホで伝えた。
佐倉くんは耳が聞こえなくなると伝えることで、私が今みたいに泣くと予想していた。
だから佐倉くんは、「好きな人がいる。別れてほしい」というメッセージを残して私の前から姿を消した。
好きな人ができたんじゃなくて、真逆で、佐倉くんはずっと私のことを想ってくれていたんだ……。
その事実に気づいた瞬間、涙が目の奥から溢れてきた。
佐倉くんの目にも、涙が光っていた。
「このこと知ったら、そうやって泣くと思ったから」と佐倉くんが打って見せた。
「いや……。いや、振られて泣いたし。今よりもっと泣いたし」
「今は、Aのこと泣かせない優しい人がいるの？」
「……ううん、誰もいない。私には、佐倉くんしかいたことないから」
佐倉くんが「ふーん」とでもいいたげな意味深な顔をして、スマホを持った。
佐倉くんは今は、何でも打ち明けられる、信頼できる人がいる？
もうちょっと上手に話せるようになったら、聞くね。
「『あ』！ねえ、遊んでるでしょ」
九年ぶりに二人並んで、きれいな青空の下を歩いた。
『じゃあうちこっちだから。こっち家』
佐倉くんは、私と反対方向を指さした。
「うん。じゃあ、バイバイ」
手を振り合って、それぞれの家路についた。
次会う約束なんてしなくても、来週また会えるという確信があった。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 580人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
