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「会ってほしい人がいるんですけど」と田畑くんから切り出されたのが、数日前だった。
直近の休みを利用して、田畑くん曰く私は一度だけ会ったことがあるらしい誰かさんと会うことになった。
誰なのかと聞いても「会ってからのお楽しみです」としか返してくれなかった。
緊張した面持ちで店内に入って、席についた。
何をするでもなくスマホを触っていると、目の前に女の人が立った。
『Aさんですか？』
突然手話で、そう聞かれた。
軽くうなずくと、その人は安心した様子で私の正面に座った。
『桃野奈々です。私のこと、覚えていますか？』
改めてその人をじっくりと見つめた。
ショートヘアーで、身長も年齢も私と大差はないだろう。
そもそも人生で手話を使う人なんて、ほとんど出会ったことがなかった。
『確かここじゃないカフェで、一度だけ会ったことがあったんです。佐倉くんもいたね』
『佐倉くん、知ってるんですか？』
『うん。手話教室で知り合ったの。カフェで会った時はAさんも私も髪の毛長かったし、お互い高校生だったよね』
あっ……。
思い出した。
学校帰り佐倉くんと二人でカフェに来た時に佐倉くんが道案内をしてあげていた、あの人だった。
心なしか大人びて見えたけど、私と一つしか年齢は変わらなかった。
そういえば、あの時初めて佐倉くんが手話ができるってことを知ったんだっけ。
『そうです』
『手話、できるようになったんだね』
『佐倉くんができるって知って、私もやってみようと思ったので。何で佐倉くんが手話を習っていたのかまでは考えが及ばなかったですけど』
『私、佐倉くんの耳が聞こえてた時のこと知らないんだよね』
『私は逆に、聞こえなくなってからの佐倉くんの様子は知らないです』
私の中の佐倉くんと奈々さんの中の佐倉くんを合わせて初めて、完全な佐倉くんの形が見えてくるのだろうか。
佐倉くんは、聞こえなくなってからのことは本当に話してくれない。
もちろん話したくはないことだろうから、私も聞きはしない。
知りたい気持ちもあるけど、どう切り出すべきか分からなかったから、若干諦めてもいた。
私の知りたいことを、奈々さんは知っている。
佐倉くんとの関係性や人柄などは未知数でも、佐倉くんと関わりのある人だというだけで鼓動が早くなった。
探るような警戒するような視線を向けてしまう自分がやるせなかった。
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