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手話教室が終わった後の、カフェのテーブル席。
私と佐倉くんは、いつものように二人で向かい合った。
『続きいい？』
『うん。何か聞きたいことある？』
『田畑くんって、どんな人？』
「えっとね……」
自分から佐倉くんに話を振ったくせに、いざ聞かれると何をどう答えていいのか分からなくなった。
抽象度のきわめて高い質問を適切に処理する能力は持ち合わせていなかったから、私の少ない脳みそをフル回転させて薄っぺらい語彙力の辞典をめくった。
そもそも「どんな人？」と聞かれた時には、どんなことを答えれば正解なのだろうか。
具体的に言うとその人の性格とか、その人との関係とか。
質問文自体にそのどちらかを指定する語句は、一つも入っていない。
田畑くんはクールで、ミステリアスで、基本静か。
でも私といると本当によくしゃべるし、割と毒舌にもなる。
誰にも見せていない一面を内に隠し持っていて、どこか普通の大学生とは違っている。
長々とならいくらでも言えるけど、それを簡潔に一言でまとめるためのいい言葉は、私の辞書には一つもなかった。
田畑くんとの関係性に関しては、佐倉くんとも同じ高校だったことはたぶん知っている。
でも、それ以上のことは知らないはずだ。
ただ、今ここで伝えても、佐倉くんを混乱させるだけになってしまうと判断した。
自分でもよく分かっていないものを人に伝えたら、余計に訳が分からなくなってしまうのは目に見えていたし。
『大切な人』
この難題に考えあぐねた結果、自分の想いを一言に乗せた。
『大切な人？』
『そう。私にとって必要な、大切な人』
声のトーンは分からなくても、私の手話と表情から佐倉くんは何かを察したようだった。
『俺が会いたいって言ったら怒られる？』
びっくりして、佐倉くんの目を見た。
『私は別に全然いいけど……』
田畑くんの顔を思い浮かべて、頭の中でその真横に佐倉くんの顔を並べた。
どこか似ていてどこか違う、そんな二人が同じ空間にいたら、どんな化学反応が起こるのだろうか。
『Aも一緒にいてほしい』
『あっ、うん、いいよ』
そりゃあそうか。
初対面の人と二人っきりで会うよりも、それぞれと関わりのある人が一緒にいる方がいいってことだ。
田畑くんにこの話をしたら、どう思われるのだろうか。
佐倉くんのことはすぐに思い出すかもしれないし、無駄に勘が鋭いところがあるから、変に今の私と佐倉くんとの関係を勘繰られそうだ。
でも、そんな心配をし出したらキリがなかった。
逃げてばかりで前に進まないことには、何も始まらない。
今日の空は、星の代わりに分厚い雲が広がっていた。
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