123 ページ23
空が完全に漆黒に染まり、星が次々と浮かび上がってくる時間になった。
壁掛け時計は、午後七時半過ぎを差していた。
いくら真下の部屋だとはいえ、そろそろ片付けをして出て行った方がいいに決まっていた。
あちこちで使っていた札の箱を回収してきて、一つの袋に入れていった。
「いつもありがとね」
「いえいえ。場所を確保してもらっているので」
「Aちゃんと田畑くん、二人もいたらいつもより片付けも早く終わる気がする」
「ですよね。Aさん、やっぱり毎日来ましょうよ」
「……考えさせて」
「即否定しなくなりましたね」
「……それがどうしたの」
「いえ、別に」
そうは言いつつもニヤニヤしながら私の様子を伺っている田畑くんが目の前にいた。
久々にやったかるたは、思ったよりも楽しかった。
ほぼ毎日最低でも二試合以上はやっていた学生時代は、とにかく気持ちが重たかった。
でも、一度離れてみてから分かった。
私は、かるたが嫌いになったわけじゃなかった。
その証拠に、田畑くんと二試合やった間に、ありきたりな生活に疲弊していた心が軽くなった。
大会スケジュールに合わせて練習して過度な緊張の中に身を置くよりも、田畑くんと適度な緊張感でかるたをするぐらいでいい。
私には、これが合っているのかもしれない。
そもそも私自体、何かと戦うよりも何かの中に静かに佇む生き方を選択してきた。
「静」があるからこそ「動」が引き立つというかるたの魅力に惹かれていたのは、今も昔も変わっていなかった。
田畑くんも、私と似たところがある。
言うなれば人生の一部を共有している、みたいな。
それが、田畑くんと一緒にいて心地いい理由の一つだと思う。
「片付け終わりました」
「ありがとう。じゃ、またね」
「はい。また来ます」
「Aさん連れてきます」
二人で階段を降りるとちょうど、真横のドアから入ってきた人とぶつかりそうになった。
その人はちょっと会釈しただけで、私たちの「すみません」にも耳を傾けなかった。
「聞こえなかったんですかね。結構近くでしたけど」
通りかかったその人の後ろ姿を見送りそうになったけれど、あれは間違いなく知っている人だった。
「ちょっと行くとこあるから、先帰ってて」
「どこですか？」
田畑くんに手話教室の存在を伝えていなかったことを申し訳ないと思いつつ、頭の中はさっきの人陰でいっぱいだった。
啞然とした田畑くんを入り口にほったらかしで、目の前で開いたドアに続いて入った。
「——佐倉くん」
振り返ってはくれなかった。
当たり前だけど。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 580人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
