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『ここで働いてるの？』
「あ……うん」
ずり落ちたままの制服を、佐倉くんが自然な流れで元に戻してくれた。
『似合うね』
『ありがとう』
『仕事終わるの待ってていい？』
『ああ……うん、いいよ。でもあと一時間くらいあるけど』
『それ置けば？』とゴミ袋たちを指して佐倉くんが言った。
『あっ、ううん。大丈夫』
『待ってるね』
そういった佐倉くんは、いつものカフェの方へと歩いて行った。
去っていく佐倉くんの後ろ姿に、高校生の時に相合傘をして帰った時のことを思った。
仕事が終わって着替えてから、今度はきちんと傘を差して外に出た。
カフェの建物の前に着くと、大きなガラス窓から佐倉くんの姿が見えた。
気づくかな、と思って窓をコンコンッと叩いた。
次に、同じ場所で小さく手を振ってみた。
ガラス一枚隔てたすぐ先にいるのに、佐倉くんは本から顔を上げなかった。
視界に入りやすいように佐倉くんの斜め前まで移動して、さらに大きく手を振った。
佐倉くんが本を置いて、私の方を見た。
『お待たせ』
『お疲れ様』
『どこか行く？』
『雨大丈夫？おいでよ』
私はうなずいて、店内に入った。
『ごめんね』
『ううん。何か話あるの？』
『単純に会いたかっただけ。A、いいって言ったじゃん』
『確かに言ったね』
二人で顔を見合わせて、ふふっと笑った。
佐倉くんの方からこうやって誘ってくれるのも、高校生以来だった。
何もないのに誘ってくれるということは、用事がなくても一緒に過ごしたいと思ってくれているということだろうか。
そうだったら、すごくうれしいんだけど。
『何頼んだの？』
私の目の前に置かれている白いカップを差して、そう聞かれた。
『コーヒー』
『紅茶じゃないんだ』
『うん。コーヒーおいしいよね』
佐倉くんも、同じものを頼んでいるみたいだった。
『高校生の時は「コーヒーのおいしさよく分からない」って言ってたのに』
『ああ……。そんなこともあったよね。でも今はおいしいって分かる』
『変わったよね』
『九年前の話だからね』
そっとカップに口を付けた。
あの頃はおいしくもおいしくないとも思わなかったのが嘘みたいに思えるほどになっていた。
豆の深みと程よい苦み、芳醇な香りが鼻に抜けていった。
さっきまで肌寒かった外にいたからか、ホットコーヒーがいつも以上に熱く感じた。
『ミルクは入れるんだ』
『うん。ブラックは、まだ未知の領域。怖い』
『おいしいけどな』
ソーサーに、かわいいミルクピッチャーがちょこんと座っていた。
カップにそっと寄り添ったミルクピッチャーは、仲睦まじいカップルを連想させた。
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