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あれから、九年。
九年は長かったけど、短かった。
青春を濃縮した二年間に比べると、その後の時間は何の価値もないように感じられた。
大学を卒業して、就職して……と色々あったけれど、それらには何の思い入れもなかった。
今の私は、彩りを失った世界で今にも消えてしまいそうだったから。
私はただ、家とバイト先を往復するだけの何が楽しいのかも分からない単調な生活を送っていた。
楽しいって、幸せって、どんな感情なのか思い出せない。
楽しさと幸せしか感じてこなかった二年間が確かにあったはずなのに、今ではそれらは白黒写真として残っているだけだった。
動画のように動き出すことのない記憶なんて、いっそのこと忘れてしまった方がいい。
そう思ってしまうほどに、あの時を思い出すことでさえ辛い。
消えてしまった私の感情は、どこにあるのだろう——？
「うわ、最悪……」
バイト先のタワレコから出ると、外では傘を差した人々が行き交っていた。
天気予報も確認せずに家を飛び出してきたら、この有様だ。
それにしても、今日の雨はなかなか強かった。
上着を通して、しっかりと雨粒を感じた。
そんな日に限って、いつもは渡れる信号に引っかかった。
早く帰りたくても赤信号は渡れないし、雨に濡れてしまうから信号待ちで迂闊にスマホを触るわけにもいかなかった。
青信号を確認してから、ただひたすらに走った。
走ることなんて大嫌いだけど、早く家に帰りたくて全力疾走した。
やっとのことでドアを開けてすぐに、ベッドに倒れ込んだ。
着替えなきゃ、と思うけれど体はマットレスに貼りついて動かなかった。
自分の意思に反して、意識は薄れていった。
「……今何時？」
目を開けると、深夜三時過ぎを差した時計と濡れたままの服をまとった自分の姿が鏡に映った。
電機は点けたままだし、帰ったままの姿で布団に倒れ込んだまま力尽きたのだろうか。
ベッドから降りようとすると、世界がふっと歪んで床が見えなくなった。
慌てて近くの壁に手をついたけれど、頭がクラクラした。
手洗いうがいだけでもしようと水を出すと、その冷たさに驚いて思わず手を引っ込めた。
ハッとして額を触ると、体の中心から熱が湧き出てきているのが分かった。
脇に挟んだ体温計は、三十八度二分を示していた。
薬を飲もうにもコンビニまで買いに行く気力もなければ、ご飯すら食べられる気がしなかった。
最後の力を振り絞ってパジャマに着替えると、再び布団へ直行した。
明日のバイトのことにまで頭が回らないまま、眠りに落ちた。
死んだように横たわっていると、久しぶりに夢を見た。
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