100＆移行のお知らせ ページ50
「荷物全部持った？」
さっきから同じことを、五回は聞いた。
「持ったよ」
「電車の時間は？」
「まだ」
晴れて大学受験に合格した私はつい最近まで、一人暮らしをするための荷造りをしていた。
本当は家からでも通える距離だったけれど、生活費は自分で稼ぐことを条件に許可をもらった。
大きくてかさばる荷物は既に郵送してしまったから、自分の部屋はほぼ空っぽだった。
今まではあまりにも部屋が汚すぎて気づかなかったけれど、狭いマンションにしては意外と広い部屋だった。
何となくスマホを触りながら、電車までの時間を潰した。
「一人暮らし、本当にできるの？料理とか」
「頑張る」
「冷凍食品かインスタントだけ食べてそうで、先が思いやられる」
「決めつけないでよ」
とは言いつつ、私は料理の才能は皆無だ。
「お母さんもお父さんもそうだったんでしょ」
「だからよ。お父さんの二の舞はやめてね」
「はーい」
少なくともそれだけは避けられるように、最低限の自炊はしないといけない。
気は重いけれど、身近にすぎるところに悪い見本がいたからか反面教師にしないといけないという気持ちにさせられた。
「お母さんも一人暮らしか」
「結婚前とか私が生まれる数年前までやってたじゃん」
「Aと二人で生活してた時間の方が長いから」
「あっ、そっか」
お母さんだって、寂しいのかもしれない。
会いたくなったらいつでも帰ってこれる距離だけど、何だか感傷的な気持ちになった。
「時間だ」
「いってらっしゃい」
「いってきます」
いつものように挨拶を交わして、エレベーターに乗った。
私に見送られていた佐倉くんの気持ちが、少し分かった。
筋雲がゆったりと浮かぶ空の下、駅へ行くまでに少し回り道をして佐倉くんの家へ行った。
呼び鈴は鳴らさずに、郵便受けに封筒をそっと差し込んだ。
そのすぐ近くの花壇に、小さな植物が植えられていた。
何の植物かは書かれていなかったけれど、すぐにサクラソウだと分かった。
だって、佐倉くんとの思い出の中には必ずサクラソウがいたから。
一緒にお昼ご飯を食べた場所、夏祭りの浴衣……。
とめどなく溢れる思い出を抱きしめつつ、まだ開花していないサクラソウを写真に収めた。
このサクラソウが花開いた時、佐倉くんがそれを見ていてくれますように——。
そしてまたいつか会って、前と変わらず話せますように——。
〜作者より〜
ここまで読んでいただきありがとうございます。
続編もお楽しみいただければうれしいです。
続編→サクラソウの花言葉�掘�silent】
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