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部屋の前まで送ってくれた佐倉くんと、遂に別れる時間がやってきた。
佐倉くんと、正面から向き合った。
「あのさ」
「うん？」
「名前言ってもらっていい？」
「A？」
「ハハッ……うん、知ってる。えっとね……」
伝えあぐねている佐倉くんの意図をくみ取ろうと、全ての感覚を集中させた。
「あっ、えっ、佐倉くんってこと？」
「うん」
「えっ……あっ、そういうことか」
あることに気づいて、顔を上げて言った。
「想くん」
風がそっと、私たちの髪を揺らした。
「初めて呼んだ。緊張した」
恥ずかしさがこみあげてきて、手で顔を覆った。
「ごめん。何か急に」
「ううん。緊張した」
熱を帯びてきた耳を手で冷やそうとしたけれど、手のひらも耳と同じくらいの温度になってしまっていた。
「ほんとごめんね」
「大丈夫。そんな謝んないで」
「じゃ」
「うん。またね、想くん」
「うん」
名残惜しかったけれど、新学期に会えることを信じて手を振った。
廊下を歩く後ろ姿が、心なしか小さく感じられた。
エレベーターに乗る直前、もう一度振り返ってくれた。
その表情は、楽しかった時間が終わってしまった、とでも言いたげな寂しさを孕んでいた。
でも、それだけじゃないような気もした。
言ってしまえば、二度と会えない、みたいな。
そんなわけはないのに、一瞬だけ、そんなことを思った。
私が笑顔で手を振ると、同じく微笑んで振り返してくれた。
そして、消えていった。
追いかけて、問いかけたかった。
色んなことを。
追いかけておけばよかったなんて今更思っても、もう遅かった。
気が付けば欲張りになりそうなこの想いを表すものは、私の知る言葉の中には一つもなかった。
でも、二人ならこのまま走れそうな未来が見えたような気もした。
あの時はただ頭の中で、直前まで二人で聴いていた「ボクとキミと」が流れていた。
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