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人が移動したのか、私の斜め前の方に隙間ができた。
人の流れに沿って歩くと、塀みたいなものがあって花火が見えないからか、途中で人気のない一角があった。
その場所に惹かれて、すっと塀の後ろに行った。
佐倉くんも、私の真隣に来た。
「花火見に来たのに、話しながらだと全然見れないね」
本当は、佐倉くんのことが気になって花火に集中できないだけだけど。
「別にいいよ」
佐倉くんは首を振って、私の手を取った。
さらに私を、近くまで呼び寄せた。
何も考えず、佐倉くんの至近距離まで近づいた。
「……」
そっと耳打ちされた言葉で、私の目に涙が光った。
私も背伸びして、佐倉くんの耳元で何かを囁いた。
それを聞いた佐倉くんの表情も、ほころんだ。
佐倉くんがまた、私の耳に手を当ててある言葉をつぶやいた。
それに答える形で、私も佐倉くんにあることを伝言ゲームみたいに伝えた。
誰もいないんだから普通に話せばいいのに、よくなかった。
花火の色とりどりの光が私たちを包む中、私と佐倉くんはひそひそ話をつづけた。
遠くで花火の音が、微かに轟いていた。
結局その後、一階も花火を見ないまま終わってしまった。
もはや花火なんて口実で、本当はもっと違う目的のための時間だったんじゃないかとさえ思えた。
「花火の花言葉って知ってる？」
帰り道、電車でスマホを見ていた佐倉くんが、ふと言った。
「花火って花じゃないのに、花言葉ってあるんだ」
「うん。『口実』だって。花火を見るっていうのを口実に誰かと一緒にいたい、だって」
私の思っていることをそのまま言い当てられて、ただうなずくだけになってしまった。
「サクラソウの花言葉って知ってる？」
今度は私が逆に、佐倉くんに尋ねた。
「サクラソウの花言葉？」
「初恋、憧れ、純潔」
佐倉くんも黙って、サクラソウの花言葉を噛み締めているように見えた。
その横顔に、サクラソウの気高さと儚さが投影されていた。
「佐倉くんは、私にとってのサクラソウなんだと思う」
佐倉くんが私の顔を見つめて、じっくりと考えていた。
「Aは、俺にとってのサクラソウの花束なんだと思う」
私も佐倉くんの言の葉の意味を熟考して、微笑んだ。
佐倉くんが私を、花束のように価値があると認めてくれたようだった。
浴衣のサクラソウまでもが、花火の余韻が残る空の下で輝きを放っていた。
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