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玄関から出てきたのは、佐倉くんではなかった。
誰かも分からないけれど不審者だと思われたくなくて、植え込みと塀のある場所に隠れた。
ザーっという音にびっくりして顔を上げると、さっきの人がホースを手にして花に水やりをしていた。
太陽に向かって咲く向日葵や二階まで伸びる朝顔が、水を浴びて心地よさそうにしていた。
水の音が近づいてきて、慌てて植え込みから離れた。
せっかく浴衣を着てきたのに、危うく水をかぶりそうになった。
ほっとしてキラキラ輝く水滴を見つめていると、水やりをしていた女の人と目が合った。
「誰？」と言いたげな目をしたその人は、すぐにホースを置いて家の中へ戻った。
しばらくした後もう一度出てきたその人が、「外暑いから、中に入って」と手招きした。
浴衣を擦らないように細心の注意を払いながら、裾をぎこちなく持ち上げて玄関に入った。
他人の家に行った記憶なんてほとんどないから普通の家がどんなものか分からなかったけれど、佐倉くんの家は自分の狭くて古いマンションとは比べ物にもならないほど広くてきれいだった。
何より、リビングがとても涼しかった。
私の家はクーラーの設定温度は二十八度より下げることを禁止されているから、真夏は暑すぎて耐えられない。
でも佐倉くんのところでは、違うみたいだ。
同級生でもこんなに環境が違うものなのかと驚いたし、やっぱり羨ましかった。
さっき水やりをしていた人はたぶん、佐倉くんのお母さんだ。
長い髪を後ろで一つに束ねて、清潔感が溢れている優しそうな人だった。
髪が短いのをいいことに休みの日はほとんど櫛もとかずに、平日でもメイク一つせずに仕事に明け暮れている私のお母さんと年齢的には変わらないのかもしれない。
でも、佐倉くんのお母さんの方が遥かに若く見えてしまう。
「オレンジジュースでいい？」
「あっ、ありがとうございます」
グラスに入った冷たいオレンジジュースを、わざわざ持ってきてくれた。
しかも、真っ白なレースのコースターまで敷いて。
火照った体が、あっという間にジュースを吸い込んでいった。
「想を待ってたの？」
初対面の人の前で緊張してしまって、ただうなずくことしかできなかった。
「想、今日夏祭り行くって言ってたんだけど、もしかして一緒に行く？」
「はい」
「なるほどね……」
ドアを開ける音がして、佐倉くんが入ってきたのかと身構えた。
「ただいまー」
「おかえり」
「って、誰……？もしかして想、新しい彼女連れてきた？」
知らない人に直球を投げ込まれて、目が点になった。
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