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佐倉くんはそのまま、私の家まで送ってくれた。
今日はお母さんにも会わずに、ドアの前までたどり着けた。
「傘、入れてくれてありがとう」
「ううん」
佐倉くんは私が濡れないように、ずっと傘を私の方に寄せて傾けてくれていた。
そのせいで佐倉くんのブレザーの左肩に、雨水が染み込んでしまっていた。
「次からはちゃんと、天気予報確認するよ」
「別に忘れてきてもいいけど」
「えっ？」
佐倉くんの言いたいことが分からなかった。
「Aが傘忘れてきたら、今日みたいに一緒に傘に入ってくれるってことじゃん。じゃあ、忘れてきてくれた方が俺はうれしい」
「え……」
「ごめん。変なこと言った」
佐倉くんが、ちょっと早口になった。
それでも雨音にかき消されないように、大きめの声で言ってくれた。
「私だって、入りたい」
「えっ……」
「私も変なこと言ったから、お互い様ね」
自分では思いもしなかった言葉が出てきたことに、自分で驚いた。
でも、その発言に嘘はない。
「Aはそれでいいんだ？」
「うん。佐倉くんこそ、ほんとにいいの？」
「もちろん。梅雨は始まったばかりだし。約束だから」
ぎこちない動作で、指切りをした。
ガラガラガラッと戸が閉まる音に、ふいに我に返った。
二人とも何だか恥ずかしくなって、小さく手を振って別れた。
佐倉くんの姿がエレベーターの中にすっかり消えてしまうまで、見送った。
リュックの横のポケットに入れた本のことを思い出して、慌てて取り出した。
案の定少し雨に濡れていたそれを冷蔵庫に突っ込んでいると、傘の中でのことが蘇った。
そういえば佐倉くんは、私の「よろしくお願いします」に対して何て言ったのか教えてくれなかった。
雨音が邪魔をして正確には聞き取れなかったけれど、私には「告白した時の返事」と聞き取れた。
佐倉くんは恋愛経験が豊富だと思われるから、私にはそういう詳しいことは分からない。
でも佐倉くんは、私に理解してもらおうとしたわけじゃないんだろう。
誰にだってそういうのは、あるだろうし。
これから毎日、雨が降ってくれたらいいのに。
そんなありえない考えが、頭に浮かんだ。
でも、たとえ叶うことがなかったとしても、信じていたかった。
こんなの私の願望にすぎないけれど、願うだけなら自由だ。
束の間かもしれない恋色の線香花火が、嵐の空に咲いた。
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