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「最悪……」
校舎を出ようとして耳を澄ませると、絶望の淵に突き落とされた。
ザーザーというかわいいものではなく、滝壺のど真ん中にでもいるようなゴーッという凄まじい音が轟いていた。
これが本当に雨の音なのかと疑わしくて窓に駆け寄ると、バケツどころか学校のプールの水を全部ひっくり返したかのような大量の水が天から落ちてきていた。
もはや雨粒も見えない、滝のような大雨。
こんな状況では信じてもらえないだろうけど、今朝は嵐の前の静けさという言葉が相応しい青空だった。
久しぶりに見た青色の空にすっかりテンションが上がってしまった私は、今日の天気予報すら確認せずに家を出た。
それが、最大の過ちだった。
実は夕方六時頃から、今年一番の雨が降るという予測がなされていた。
しかしスマホを持っていない私は、そんなことは到底知るすべもなかった。
そうして今、傘を持っていない私は一人、肌寒い玄関にたたずんでいた。
見るからに止みそうもない雨は、次第に強くなっていった。
大型台風と完全下校時刻も、着々と迫ってきていた。
さっきまで静かだった玄関で、部活終わりの学生が次々と色とりどりの傘を開いていた。
あと三十分だけ待っても雨が止まなかったら、諦めて帰ろう。
そう腹を決めた私は窓際の壁にもたれかかって、この間図書館で借りた手話の本を読んでいた。
「帰ってなかったんだ」
背後から、聞き慣れた声がした。
「佐倉くん」
持っていた本を、そっとリュックの横のポケットにしまった。
「青羽帰ってるの見たから、Aも一緒に帰ったと思ってた」
「傘忘れてきて、雨止まないかなって思って。紬、塾だからいつもと反対方向行ったんだよね」
「天気予報ぐらい見てこい」
「慌ててたら、見てくるの忘れた」
「Aらしいな」と、佐倉くんが笑った。
「佐倉くんは持ってるの？」
「当たり前だろ。すごい大きい台風近づいてることぐらい、確認済みだ」
靴を履いて、佐倉くんの広げた傘の隣にすっと入った。
身長差はあるものの私の顔が真近くにあることに気づいて、佐倉くんが不意打ちされたような表情をした。
傘に入れてもらうなんて異性とはもちろん、同性の子ともやったことはない。
こういう時に何て言ったらいいのか分からなくて、「よろしくお願いします」と頭を下げた。
「頭ぶつかる。ていうか『よろしくお願いします』って、告られた時の返事かよ」
「何て？」
「いや、何でもない」
手を伸ばさなくても届く距離にいる佐倉くんにドキドキして、話題はあるはずなのに何も話せなかった。
佐倉くんも、ずっと無言だった。
私と同じ気持ちだったら、いいな。
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