78 ページ28
佐倉くんの雄姿を目に焼き付けてから、私はそのまま紬とお弁当を食べた。
おしゃべりしながら食べていると、すぐに昼休憩は終わってしまった。
重い気持ちで体育館に向かうと、もうクラスの大半が集合している状態だった。
床に乱雑に置かれていたゼッケンをつけて、誰とも話さず空気と化した。
そして、観戦場所の真反対のコートの一番端に一人で佇んでいた。
お願いだから、誰も私にパスを回さないで。
絶対に絶対に、後悔するから。
お互いのチームが得点を重ねていくのを、まるで他人事のように眺めた。
気づけば試合時間は、あと半分。
タイマーの数字が、刻々と変化していく。
タイマーばかり見ていて、試合状況やボールの場所を見ていなかったのだろう。
横から飛んできたロングシュートが顔に近づく寸前まで、気づけなかった。
上手くよける術もなく、とにかく手を顔の前に出した。
ボールを正面で受けた瞬間、指に衝撃が走った。
茶色い重い物体を持っているのに耐えられなくなって、味方がどこにいるかも考えずにそれを地面に投げ捨てた。
運よく味方の子がそのボールを拾って、すぐにゴールネットをくぐらせた。
試合が終わった瞬間、自分のクラスが勝ったことと紬が隣で延長戦をしていることを確認してから、すぐに保健室へと向かった。
保健室には、私と同じくクラスマッチで怪我をしたと思われる人たちが何人かいた。
ただ女子は私だけで、少し気まずかった。
ソファが先に来ていた男子たちに完全に占領されているのを見かねた先生が、「ベットのところで待ってていいよ」と言ってくれた。
その言葉に甘えてベッドの方へ向かうと、知っている顔に出会った。
「佐倉くん、何で？」
「Aこそ何で？」
「さっきの試合で、突き指したみたい。ボーっとしてたらボールに気づかなくて、受け損なっちゃった」
「Aらしいな」
「佐倉くんは？」
「とりあえず座りな」と佐倉くんが開けてくれたスペースに、遠慮がちに腰かけた。
「ちょっと耳鳴りと眩暈しただけ。今は全然大丈夫だから」
佐倉くんの顔は、心なしか青白く元気なさげに見えた。
「ほんとに大丈夫？」
「うん」
「原因とか分からないの？」
「あんまり思い当たることはないな」
「でも佐倉くん、部活も勉強も私よりすごい頑張ってるから」
「それは何とも言えないけど」
佐倉くんには似つかわしくない真っ白なベッドの上で、お腹ぐらいまで布団をかけたまま佐倉くんが微笑んだ。
佐倉くんの存在が、いつもと違って儚く感じられた。
窓の外に見える桜の木は花を落として、青々とした若葉に変わっていた。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 496人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
