サクラソウの花言葉Ⅱ【silent】 (ページ25)

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テストが終わった日の午後から部活をやっていると、ふと手話のことに思いを馳せた。

きっかけは、些細なことだった。

競技かるたは一瞬で音を聞き取って判別して、目的の札に手を触れるまでの時間を競う競技だ。

読手の人にもよるけれど、私には聞き取りにくい音がある。

例えば「この」と「こぬ」とか、「おと」と「ほ」とか。

お手付きしてしまったら調子が崩れてしまうこともあるから正確に聞き取れるに越したことはないけれど、かるた経験に長い紬でも聞き取りにくい音があるらしい。

なるべく音がきちんと耳に入ってくるようにしたくて、試合が終わった後も音声だけを流して、音の始まりを意識しながら聞いていた。

音は掴もうとしても、手のひらをすり抜けてしまう。

でも人の心には、音声として鮮明に刻み付けられる。

そしてそれは、思い出や記憶としてその人の声で、その時のシチュエーションとともに思い出すことができる。

私の好きな曲の歌詞が、脳裏をよぎった。

言葉はまるで雪の結晶

君にプレゼントしたくても

夢中になればなるほどに

形は崩れ落ちて溶けていって消えてしまう

言葉はまるで、雪の結晶だ。

誰かに伝えたくても、伝えようと夢中になればなるほど本当に言いたいことが分からなくなって、元の形が崩れ落ちて溶けていって、消えてしまう。

言葉は目に見えないし、伝えようという想いが強ければ強いほど上手い言葉が出てこないもどかしさがある。

でも、そういう、形がなくてふわふわしているところが、言葉のよさなんだと思う。

私はかるたを始める前から、音や声、言葉といった実体のないものが好きだった。

言葉イコール刃物だった時期もあったけれど、その時に言葉の持ついい意味でも悪い意味でも強い力を知れた。

私がかるたに惹かれたのも、音や声、言葉を大切にしているからだと思う。

Snow Manや佐倉くんや紬の声も、ずっと聞いていたいぐらい大好きだ。

もしそれがなくなってしまったら、絶望で生きていけないと思う。

でも、音のない世界は、確かに存在する。

音のない世界は、どんなものなのだろうか。

元からない場合とある時突然なくなってしまう場合に分けられるけれど、いずれにしても私には到底想像もつかなかった。

それと同時に、底知れない恐怖を覚えた。

サイレントな世界。

字幕なしでは見れない映画に、何も聞こえてこないイヤホン。

不安に満ちた地球。

そこで生きる人たちと音のある世界の人たちをつなぐのが、手話だと思う。

私が完全に静かな世界を理解するのは不可能だけど、寄り添うことはできるかもしれない。

あの日見た「ありがとう」の手話を、そっとやってみた。