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佐倉くんが突然別世界の人に見えて分からないことだらけだった私は、注文を終えた後に色々質問してみた。
「さっき、手で何してたの？」
「ああ、手話？」
佐倉くんが、今度は指だけ動かした。
「佐倉くん、手話できるんだ」
「うん、ちょっとだけ」
「日常生活で使ったりするの？」
「まだ使う機会はないけど、習ってる」
「まだ」という言葉に少し引っかかる部分があったけれど、それには触れなかった。
「そうなんだ。さっきみたいな時、便利だね」
「うん。ちゃんと使ったの、初めてだったけど」
「すごかったよ」
「ありがとう」と、佐倉くんがテーブルに目を落として言った。
「ふと思ったんだけど、プリンの手話って、どうやるの？」
「プリン？」
佐倉くんが、広げた左手の上に丸めた右手をのせて揺らした。
左手がお皿で、右手がプリンを表してるのかな。
「かわいい」
私も、左手の上でプリンを揺らしてみた。
「私が初めて覚えた手話、プリンだ」
「なかなか特殊だな」
二人で笑いながらプリント食べてから、図書館に移動した。
ちょっと本を探したくなって、佐倉くんの目の前に勉強道具を置いたまま席を立った。
検索機に「手話 初めて」と入力して出てきた本のある場所に向かった。
一番簡単そうなものを手に取って、中身をパラパラ見てみた。
カラフルなイラスト付きで、手話がたくさん解説されていた。
私にとってはすべてが未知の世界だったけれど、その本の貸出手続きをしてから席に戻った。
佐倉くんに見られるのが何となく恥ずかしくて、後ろ手に持った本をそっとカバンの中に忍び込ませた。
幸いにも佐倉くんは勉強に集中していたのか、私が戻ってきたことにも気づいていない様子でずっと問題集から顔を上げなかったけれど。
部活終わりと同じ時間の電車に乗って帰って、真夜中に借りてきた本を開いた。
そして「プリン」の手話以外何も知らない状態で、実際に自分の手を動かしながら読み進めていった。
佐倉くんみたいに何も見ずにできるようになる未来は見えなかったけれど、佐倉くんにほんの少しだけ近づけたような気がした。
何となくだけど、紬の言う佐倉くんの「影の部分」に関連している気もした。
だって普通手話ができる人なんてそうそういないし、s佐倉くんなりに習得しなければならなかった理由があるんだと思う。
何も知らない私が勝手に手話を始めたなんて佐倉くんに知られたら怒られるかもしれないけれど、まだ見ぬ世界へと足を踏み入れるこの感覚は、ドキドキとワクワクとゾワゾワが入り混じった不思議さを孕んでいた。
私はテスト勉強を放置して、一心不乱に文字とイラストを追った。
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