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佐倉くんの手元をじっと見つめていた私の視線に気づいたのか、佐倉くんと目が合った。
「何？」
「これ、分からない」
分からない問題をすっと指さすと、佐倉くんはルーズリーフを取り出して、丁寧な字で解説を書いて渡してくれた。
「分かりやすい。ありがとう」
「Aがそう言ってくれるなら、うれしい」
佐倉くんが書いてくれたというだけで、テキストの解説の何百倍も分かりやすいような気がしてくるから不思議だ。
そうやってたまに佐倉くんに教えてもらいながら、超絶苦手な数学の問題を消化していった。
自分一人で問題を解いている時よりも捗ったし、勉強が苦痛じゃなかった。
私はこの気持ちを表すのに、「幸せ」以上の言葉が見つからなかった。
「遅くなって申し訳ありません。カフェオレのホット2つとプリン2つになります。ご注文は以上でよろしいかったでしょうか？」
「はい」
伝票を置いた店員さんが去っていった後、私は恐る恐るカップを持って、人生初のコーヒーに挑戦した。
「熱っ」
「気を付けて」
「うん」
分厚い取っ手をそっと持ってフーフーしてから、真っ白なカップに口をつけた。
今まで味わったことのない味が、した。
苦味もあるし、ちょっと甘さもある。
おいしい、おいしくないという二択のどちらにも属さない感じ。
「どう？」
「未知の領域、かな」
「まだよく分からないってこと？」
「うん」
「もう少し大人になったら、分かるかもな」
私よりも大人だとでも言いたげな佐倉くんだって、実際は私と同級生なんだけどね。
「佐倉くんは好きなの？コーヒー」
「うん。すごくおいしい。ブラックも全然飲むし」
「すごい。いつか分かるようになるかな、コーヒーのおいしさ」
「かもね」
口の中が若干苦くなってきたところで、プリンを食べようと銀色のスプーンを手に取った。
お皿に乗せられたプリンはぷるぷるしていて、食べられるのを待っているみたいだった。
こげ茶色のカラメルソースと一緒に、落とさないようゆっくりと口に運んだ。
つるんとした滑らかな触感とともに、ふんわりと卵の香りが広がった。
そこに、プリンとはまた違った上品な味わいのカラメルソースが降臨した。
「おいしい！」
「ここのプリン、大好きなんだよね」
佐倉くんも、笑顔でプリンを食べていた。
教室ではあんまり笑顔を見せないイメージだけど、今、こうして私の目の前で笑ってくれている。
それだけで最高だったし、それ以外何もいらないと思えた。
その後インスタを交換して家まで帰ったけれど、その間はほとんど記憶がない。
でも、最寄り駅が同じだったということだけは、忘れなかった。
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