20 ページ20
次の音が読まれた瞬間、紬と先輩は二人とも自分の左奥、つまり真反対の方向に手を伸ばした。
今まではお互い一枚の札に向かっていったのになぜだろう、と思いながら続きの音を聞いた。
ある一定のところまで音が聞こえた後、紬が目にも止まらない速さで腕を右手前、つまり先輩がもともと手を伸ばしていたところへスライドさせた。
そしてそのまま、腕を振り抜いた。
「シュッ」という気持ちいい音とともに、一番端にあった札が一枚だけ、私の方へ飛んできた。
細かい部分までは分からなかったけれど、紬の指が、先輩の構えていた手のひらの下へきれいに吸い込まれていくように見えた。
一瞬の出来事だけど、あまりにも素敵すぎて、思わずため息が出た。
「かるたは華やかなイメージがあるけど、一秒以下を争う苛酷な競技でもある。でもその世界は奥が深くて、一度知ったら止められないし、どこまでも極めたくなる。そういうもんなんだよね」
紬が前に言っていた言葉が、頭に浮かんだ。
ルールを教えてもらったから前回より少しは試合の流れは理解できるようになった。
でもまだ、自分が試合できるレベルには達していない。
いつか、負けてもいいから、紬と試合がしたい。
今はまだ、勝ちたいとまでは思わない。
とにかく早く、試合ができるようになりたい。
もちろん札が一瞬で飛んでいくのを見るのだってすごく面白いけれど、自分もあんな風にできるようになりたいという憧れがムクムク湧き上がってくるのを、私は感じた。
まだまだかるたの細かい部分は分からないけれど、札を相手に差し出しているところや差し出された札を前に難しそうな顔をして考えているところなんかは、お互い駆け引きをしているようにも見える。
戦略っていうものもあったりするんだろうか。
何の札を送って試合の流れを自分の方に引き寄せて、どうやって試合を支配するか。
札を飛ばすのを見ると大胆なイメージがあるけれど、正確に狙った一枚だけを飛ばしたり細かい試合のプランを立てるところには、競技の繊細な一面が見えた。
華やかで、苛酷。
大胆で、繊細。
そんな相反するものが一つになって、それがきちんとした競技として成立している。
矛盾だらけなのに、奥が深くて極めたくなる。
かるたって、不思議だな。
気づけば残りの札は、二枚。
紬と先輩の方に、それぞれ一枚ずつ、お互い自分の右下の一番外側に置いていた。
全員の手が下がったのを見て、そっと白いボタンを押した。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 518人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
