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その日の放課後日直だった私が黒板を消していると、後ろから「A」と呼ぶ声がした。
振り向くと、黒板消しを持った佐倉くんが横に立っていた。
「これ、今日の古典の授業のやつだ」
「『瀬をはやみ』と『花の色は』だね」
「知ってるんだ。かるた部だからか」
「うん。最近覚えた」
黒板に書かれた歌とその解説を、じっくり眺めた。
「私、『瀬をはやみ』の歌好きなんだよね」
「何で？」
「なんとなく」
「確かに何か、イメージ的にAに合いそう」
「佐倉くんは、『しのぶれど』かな」
「何で？」
「『瀬をはやみ』の次に覚えた札だから」
「意味とかじゃなくて？」
「意味なんて知らないよ。かるたは歌の意味が分からなくてもできるし」
廊下からパタパタと聞こえてくる足音に、ハッとした。
慌てて二人で教卓の下に逃げ込んだ。
「二人の時間は好きにしろ。ただ、今日の日直早く日誌持ってこいよー」
先生が教室に向かって、そう叫んだ。
先生の足音が遠ざかってから教卓を出た私たちの間には、若干気まずい空気が流れていた。
「俺、顧問に部活行ってないのバレたな。無断欠席、絶対怒られる」
「今すぐ行く？」
「ううん。今更もう遅い。俺左側消すから、右側消して」
佐倉くんに言われた通り、『瀬をはやみ』の方を消していく。
歌を消して、その横にある現代語訳と解説も消した。
別れてもまた再開する、か。
なぜか紬の顔が浮かんだ。
佐倉くんと塾で出会って、高校で再開した。
ダメだ私、何考えてるんだろ。
日直だから紬に先に部活に行ってもらったのに、申し訳ない。
「A、まだ消し終わってないじゃん」
早々と左半分を消してしまった佐倉くんが私の真横に来て、一緒に板書を消してくれた。
私が一番上を消すのに苦戦していると、佐倉くんが「俺消すから貸して。俺のやつ、真っ白だから」と私の黒板消しを使って余裕で黒板をきれいにしていった。
二人で協力して溝と黒板消しをきれいにして、戸締りをした。
二人なら意外とすぐに終わって、私は晴れやかな気持ちで教室を出た。
「どうする？帰る？」
「俺は帰る。Aは？」
「たぶん試合始まってるし、帰ろっかな。ちょっと待ってて」
私は校門前で佐倉くんに待ってもらって、音が途切れたタイミングを見計らって部室に入っていった。
「遅くなってすみません、今日は帰ります」
「Aお疲れ。来るって言ってなかった？」
「日直あって遅くなったし……」
「分かった。じゃあまた明日ね」
「うん。お疲れ様です」
試合中の紬にそう返事してから、さっさと部室を出て行った。
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