然して愛を知る 【村山良樹】

よん ページ5

「…よ、」
「…」
「む、村山さんは何をしてくれるんですかっ！？」
「言ってくれねーのかよ！！」

力が抜けたせいで椅子がガタンと音を立てた。この学校の備品はただでさえ耐久性ぎりぎりまでいろんなことをされているのに(上でジャンプされる、喧嘩の際に武器として使用される、4階の窓から投げ落とされる等)やめて差し上げたい。
そうだなあ、と思案する。

「お前は誰かに呼び捨てされたことあんの？」
「えっ、うーん、呼び捨てはないですね。Aちゃん、ならありますが」
「A」

ガタン！！と机の脚が床を鳴らして、どこかの部品が外れる音がした。ほら、言わんこっちゃない。
机を痛めつけた張本人であるところのAは、口をぱくぱくさせて村山を見ている。赤茶の猫目は溢れんばかりに見開かれていて、村山は少し笑ってしまった。

「ほら、言ったよ」
「ま、まって、」
「A」
「待って！！！うわーーー！！！」

だから声量あるんだからやめろって、と思う一方で、愉快でたまらない。すごい。少女漫画、役に立つじゃん。

「ね。呼んでよ」
「…よ、よ…」
「Aー」
「やめてそれ！！」

敬語はいい感じに取れてきた。それどころじゃないのだろう。そもそも最初殴り込み(？)に来た時はフルネームとはいえ呼び捨てした癖に、いざ呼ぼうとなるとどうしてそんなに恥ずかしがるのか。口は何度も開いては閉じて、目はあちらこちらをうろうろする。
村山は面倒くさがりで気まぐれで、適当なところがあるけれど、存外約束ごとは守る性格なので、自分が待たせない代わりに他人のこともあまり待ちたくない。遅刻の概念がないこの学校ではあまり関係ないが、待ち合わせに遅れられたりしたらそれなりに腹が立つし、話すのが遅い人にも頻繁に苛立ったりする。
でもなぜか、彼女が名前を呼ぼうと四苦八苦している時間は、まったく苦痛じゃなかった。

やがて、ようやく腹が決まったのか、Aは村山の瞳をまっすぐに見上げた。力強すぎて睨んでいるのかとさえ思うほど必死な色をたたえている。

「…よ、しき」
「…うん」
「良樹」
「はい」
「…良樹」
「はあい」

慣れるように何度も呼ぶものだから、その度に返事をする。彼女のように叫びだしはしなかったけど、たしかに喉を突き上げるなにかがあった。呼ばれるたび、胸のあたりで暴れるなにか。

「…私は？もう呼んでくれないの、良樹」

ほら。叫びだしたくなる。悲鳴の代わりに村山は、丁寧に名前を呼んだ。

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