剣持警部の殺人 ページ5
「あれ？剣持警部…今日はどちらに？」
残暑が続く、ある日のことだった。
大きな事件もなかったその日に、深い帽子を被って警察署から出て行こうとする剣持警部の姿を見つけた私は、そう声をかける。
しかし、私の声に気付いて振り向いた剣持警部の表情は、なんだか優れない。
暑さにやられているのかと思ったが、クーラーが効いている警視庁で、それは考えにくかった。
「ちょっとな。被害者家族の家を訪ねてくる」
「！、それって…」
剣持警部は、それだけ言って手をヒラヒラさせると警視庁から出て行く。
黙って見送ることしかできなかった。私には、その被害者家族に心当たりがあったからだ。
剣持警部が捜査を担当した3年前の女子高生死体遺棄事件。
今日はちょうど、その被害者である女子高生の十神まりなの命日だ…。
剣持警部は、その被害者家族にずっと寄り添ってきたと明智警視から聞いたことがある。
当時、3人の加害者である主犯格の毒島陸、彼に支持を受けた多間木匠、魚崎葉平は未成年だったため、少年法で守られ最近出所していた。
被害者の十神まりなさんは散々彼らに痛めつけられ、遺棄されたのにも関わらずだ。
私も、その事件の資料を見せてもらった時がある。
とてもじゃないが、ずっと見てられるものではなかった。
被害者がどれだけ恐怖に怯え、苦しかったか一目で分かったからだ。
被害者家族のことを思うと、どうしてもやりきれない思いに駆られる。
もちろんそれは、剣持警部も同じだろう。
代わりに殺してやりたいぐらい加害者たちのことを憎いはずだ…と。
だけど、剣持警部はそこをグッと堪える人だ。
決して殺人に手を出すような人ではない。
私はそんな風に思いながら、剣持警部が去っていく姿を見えなくなるまでずっと見続けていた。
この後、まさかあんな事件が起こるなんて…誰が予測できたんだろうか。
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作者名：紫亜 | 作成日時：2024年3月24日 2時
