露西亜人形殺人事件（29page） ページ4
そんな思いのまま、職場に復帰することができなくて、しばらく有給を使って休みを取った。
プライベートでロシア館を訪れたとはいえ、気を失って易々と高遠遙一を逃してしまうなんて…。
既に完治したと思っていたが、再び自分の症状に向き合わされる日が来るとは思ってもみなかった。
「また定期的に通ってください。お待ちしておりますよ」
主治医からそう言われて、カウンセリングを受けた病院を後にする。
両親の死後、PTSDを発症していた私だったが、最近ではまったく症状が表れなかったというのに、高遠遙一が犬飼くんをナイフで刺す瞬間を見て、それが再び発症した。
あれがフリだったとはいえ、両親が目の前で刺された記憶と重なりフラッシュバックするなんて思わなかった。
こんな弱点を高遠遙一に知られてしまったことが悔しい。
もしかしたら、いつか利用されてしまうかもしれない。
そう思うと不安が残った。
「Aくん」
「あ…明智警視！」
すると、病院を出て直ぐに明智警視と会う。
どうやら、ここに通っているのを誰かに聞いてきたようだ。
「君がずっと休んでいるので、心配して様子を見に来たんですよ。思ったより、元気そうでしたけどね」
相変わらずの明智警視だったが、ここまで足を運んで来てくれたことが素直に嬉しい。
「警視がこちらに来るからですよ。明智警視の顔を見たら、なんだかすっかり元気になっちゃいました」
そう言って笑う私を見て安心したのか、明智警視は肩をすくめた。
「そうですか。とはいえ、あまり無理はしない方がいい。実は私も先ほど休暇を取ってきたのです。君に、リフレッシュしてもらおうと思って企画してきたんですよ」
「え？ま、まさか…」
得意げに話す明智警視を見て、直ぐに嫌な予感がし顔を引き攣らせる。
こういう時の明智警視は自信満々で言ってくるのだが、いつも自分の趣味を押し付けてくる嫌味な行動が多いからだ。
「登山して山頂から見える壮大な景色を見れば、君も…」
「わ、私は、もう大丈夫なので遠慮しておきま〜す！明日からは仕事復帰しますので、警視はどうぞリフレッシュしてきてください！」
実は担当医から先ほど許可が降りたばかりなのだ。
私はそんな明智警視から逃げるように、その場を駆け出していく。
その顔は、笑顔を絶やさないままで…。
色々あったけれど、私は私なりに前を向いて歩いていく。
高遠遙一は必ずいつか捕まえることを見据えて、明日からまた仕事に励むのを決意するのだった。
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作者名：紫亜 | 作成日時：2024年3月24日 2時
