【d!】春宵【短編集】 (ページ44)

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ぐいっと玄関の扉を開き、自分の部屋へ彼を押し込んだ。確か冷蔵庫にビールがあったはず……うん、あった。適当な座布団とクッションを渡して彼を座らせたところで、はたと冷静になる。これセクハラ？パワハラ？

「え、ごめん、これパワハラかな、嫌だったら帰っていいよ」
「いや……別にそんなんちゃいます」
「じゃあビール飲む？」
「いただきます、心配なんで」

　何が？という問いには答えず、さっさとプルタブを開けて私の缶にそれをぶつけると、すごい勢いで喉に流し始めた。さっきの飲み会はもっとゆっくり飲んでたのに、いきなりどうしちゃったんだろう。

　かんぱーい。適当に買っておいたおつまみを開けながら、他愛もない会話で部屋を埋めていく。見てるドラマの話、好きなジャンル、好きな俳優、好きな異性のタイプ。今人気の若手女優の名前が出てきて嫉妬したり、「まあ、顔が可愛いなってだけなんで」っていう言葉に安堵したり。アルコールで緩んだ口はどんどん個人情報を漏らしていく。

「つまり先輩は、ちょっと強引な人が好きなんすね？」
「そうだね、先を歩いて、手を引っ張ってくれる人……好きだなぁ」

　例えばあの俳優、なんてイケメンで筋肉もほどほどにあって、ちょっとゾムくんに似た人の名前を挙げる。好き、というか憧れだけど、あの人がずっと前に出てたドラマ、良かったなーなんて。

　これまで相槌しかしなかったゾムくんが、ゆらりとこちらを見てビールをテーブルに置いた。その何気ない一連の動作が、指先が、鋭い視線が、怖いくらいかっこよくて震える。

　そして私が次に食べようと持っていたスルメを、強引に自分の口へ運んで含む。私の指ごと、だ。驚いて引っ込めようとした手をガッチリ掴んで引き留め、私の指を舐めている。

「ねぇ、ゾムくん……恥ずかし」

　スルメのせいでしょっぱくなったであろう指を丁寧に丁寧に舐め、ちゅぽんと音を立ててやっと離れた唇。艶かしく部屋の照明を反射させるゾムくんの唇。離れたそれを寂しく思ったのは、お酒のせい。
　違う。わかってる、そうじゃない。

「好きなんすよねぇ、俺」
「ひぇ！？」
「スルメ」

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