【d!】春宵【短編集】 (ページ41)

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視界に黒い影が横切った瞬間、ゾムさんは高く飛び上がって路地裏から屋根の上に登った。私もその後に続き、小さな影を追う。

「今日も月が綺麗ですねぇ！」
「わっ！？貴方たち、何でここに！？」
「何でやろな、運命ちゃう？なぁエミさん」
「はい、運命です。赤い糸が見えませんか？」
「見えませんし、私の糸は貴方たちに繋がってません！」

　急な私たちの登場で驚いても、足を踏み外すことなく屋根の上を走る愛しい彼女。ああ、今日も可憐で美しい。服に、頬に付いた返り血が更に彼女の美しさを際立たせている。

「なーそろそろ俺と付き合ってくれてもええんちゃう？金も地位も名誉もある優良物件やけど？」
「私、そういうのには興味ありませんから！」
「ゾムさんは顔もいいですよ」
「タイプじゃないです！どちらかと言えば顔はエーミールさんの方が……って違う！違いますから！」
「だってよエミさん良かったな！」
「はい！私にもついに春が！」

　エーミールさんの方が好き、冴えないこの顔の方が好き……ああ、今日はなんていい日だろう。屋根の上で踊れそうだ。
　密集した住宅街を抜け、彼女はそのまま町の外へと走っていく。今日こそは彼女の拠点を突き止めたいが……今日も同じ結末かもしれない。

「エミさんと付き合ってあげてくれへんか？まだ誰とも付き合ったことない一途な男やで」
「はい、貴女しか見えてません！」
「重い！」
「因みにエミさんの彼女になるっちゅう事は、俺の彼女になるっちゅうことや、雇い主やからな」
「構いません！」
「二股でいいの！？」

　冴えたツッコミが夜の冷たい空気に響く。可愛らしい声がいくら響いても、聞いているのは我々二人だけ。ああ、早く独占したい。我々だけに心を開いて欲しい、貴女が欲しい。

「仕事も一緒にやればええやん、な？こっちおいで」

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