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「こういう事は気づくんですね、あの時は髪を切った事も気づかなかったのに」
そう言って先輩とは反対の方に顔を向けて、どんな反論をしてくるか聞いてみようと口を閉じた。
ただ、私は少し天邪鬼すぎてしまったのかもしれない。
顔が見えないのでどんな表情をしているのかわからないが、一つとして言葉が返って来ない。
休憩室には私たち二人しか居ないので、必然的に重い静寂が漂ってしまっている。
これは言い過ぎたかもしれない……あの時の事を本気で怒っているわけじゃなくて、少しだけ皮肉をチクッと刺してやりたかっただけなのに。
恐る恐る、とてもゆっくり頭を動かす。先輩がどんな顔で黙ってるのか少しだけ見てみたい、そしてその後素直に謝ろう。
ギギギ……と錆びれた機械パーツが摩擦でぎこちなく動くようにゆっくり振り返った。
その時、頭に軽い衝撃と温もり。
「だから、今は些細な事でも気づいてやりたいんじゃん」
その言葉が私に届いた瞬間、頭に置かれた手のひらがぐしゃぐしゃと髪を乱す。
長い毛が前に後ろに踊り視界から先輩の表情は消えてしまった。
でも、私は見た。
髪が視界を遮る前、あんな恥ずかしいセリフを放つ先輩の表情だけは確かに、はっきり見ることが出来た。
苦笑いのような諦めのような顔と、嬉し恥ずかしい顔が混ざったとても変な顔。
にし、と笑った時に目が無くなる懐かしい表情。
「あー、俺そろそろ休憩終わりだわ」
「え、しゃお、」
「じゃーな! 今度飲みに行こうぜ、勿論二人で!」
雑に名刺を置いて休憩室から逃げてしまった先輩は、私に中途半端な温もりだけ残して行った。
その僅かな温もりでも、数年前の恋が、愛が、心の底に閉じ込めていた感情を蘇らせる。
会社の誰も知らない事。ずっと昔に私たちは始まって、ずっと昔に終わってしまった。
そのはずなのに、また始まってしまうんじゃないかと心を跳ねさせてしまうところが、シャオロン先輩のいとしいところ。
End.
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作者名:すこ | 作者ホームページ:https://mobile.twitter.com/home
作成日時:2022年3月9日 11時