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まんびき/ci ページ35

いつもは行かない隣町のドラッグストアで、化粧品の棚を眺める。
新作のアイシャドウ、口コミが良いファンデーション、SNSでバズったリップ。
そういえば昨日、有名な美容系YouTuberが全色買いました、って呟いていたな。
よし、これにしよう。
あの子に渡すんだから、イエベ系の……テラコッタオレンジかな。

 必死で覚えた化粧品用語が、今日やっと役に立った。
パッケージに書かれたカタカナだけで、目的の物を選んだっていいじゃん。
だって私、新色を見比べても全く違いがわかんないんだもん。
テラコッタって何? 英語の授業で習ったっけ?

 何色にしようか悩んでいるフリをして、何本も手に取る。
ガチャガチャ、細長いパッケージを手の中でシャッフルしながら、先ほど決めた物をさりげなく袖の中に滑り込ませた。
ブレザーとワイシャツの間。
手で押さえれば出てこない隙間。
このまま残りのリップを元の場所に戻して、諦めた顔で店を出ればいい。
そうすれば、私は私の平和を取り戻せる。

 どうしてじゃんけんに負けただけなのに、万引きしなきゃいけないんだろう。
見つかったら警察を呼ばれて、親に連絡されて、学校にバレて……人生狂ってしまうのに。
なんであの子の一言でこんな事になってしまったんだろう。

 と、こんな事思ってはいるけれど、疑問を本人にぶつける勇気は無いし、実行しちゃってるんだから私はクズな人間なんだよね。
クズはクズらしく、自分の事だけ考えてさ、すました顔で店を出よう。

 手の中の物を全て戻してため息をこぼす。
どれにしようか決めきれないから今日は諦めよう、って顔だ。
そのまま袖を握りしめて、ゆっくりと出口に向かえばいい。右足を一歩、動かした。


「待って」


 袖を握り締めた手、それを大きな手が包み込んだ。
後ろから掛けられた聞き慣れた声の主は、こんなところに居るはずのない、クラスメイトのチーノ。
彼は少し強引に私の手を引っ張り、押さえていた袖を自由にした。

 ぽとり、隠したリップがあっけなく床に落ちる。ああ、これじゃ完全に防犯カメラに映ってしまった、失敗だ、もうダメだ。アンタこんな事も出来ないの、なんてあの子の声が頭に響く。どうしようどうしよう。先生にチクられたら私の学生生活も終わりだ。

 焦って言葉が出てこない私に、チーノはいつもと変わらないトーンで話し続ける。




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作者名:すこ | 作者ホームページ:https://mobile.twitter.com/home  
作成日時:2022年3月9日 11時

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