【d!】春宵【短編集】 (ページ22)

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テントの中からネコちゃんが何かを引っ張ってきた。
それはビニール袋で、中には赤い物が入っているようだ。
ゾムさんの所まで袋を持ってくると、ゾムさんは私にしたようにネコちゃんの頭も偉い偉いと撫でた。
ネコちゃんはふん、と誇らしげにこちらを見て、またどこかへ歩いて行ってしまった。

「これ、知り合いに貰ったトマトやねんけど、オレトマト嫌いやねんな、食う？」
『え……トマトですか？食べられますけど……その……』
「ああ、知り合い言うても友達やし、そいつが自分の畑で育てためちゃめちゃ美味いトマト、らしいから毒とかは入ってへんよ。他の野菜はオレも食っとるし、バリうまい。ネコもあんたの事気遣ってこれをあげたかったんちゃうかなー」

　ほい、と渡されたトマトは大きくてつやつやで真っ赤で、スーパーのトマトとは確かに違った。
いや、このレベルはもはやブランド品かもしれない。
ゾムさんとネコちゃんのご厚意に甘えて一口齧ると、甘い果肉が口に広がる。
種の酸味はそこまで無くて、フルーツのような甘味が直接頭を殴ってくるようだ。
こんなに美味しいトマト、初めて食べた。

『美味しいです！これ、どこで売ってるんですか？両親にも食べさせたいです！』
「おお、じゃあ全部持って行き、トマトもどうせなら味がわかる人間に食べてもらいたいやろうし」
『ありがとうございます！』

　私がよほど嬉しそうな顔をしていたのか、ゾムさんは口角をこれでもかと上げて笑っていた。
恥ずかしくて手で口を隠す。
今の私はきっとこのトマトぐらい顔が真っ赤だろう。

『助けてもらって、しかもトマトまでもらっちゃって……私、返せる物が何もないんですけど』
「お返し？いらんいらん！そういうつもりやないし、トマト貰ってくれるだけでええよ」
『でも、命を助けてもらったのに何も無しなんて……』
「あー、じゃあ、今後この路地裏には近づかへん事。約束出来るか？」
『……はい、勿論』

　ゾムさんの小指が私の顔の前に差し出され、私も小指を絡めた。
正直言うとまたゾムさんには会いたい。
優しいし、ネコちゃんも可愛いし。
でも、これ以上危ない目に逢いたくはないから来ないかな、死にたくないし。

　約束やで、と笑ったゾムさんのフードの奥で、キラリと何かが光を反射した。
それをよく見ようと覗き込むと、慌てたように反対方向に顔を逸らされてしまった。
顔を見られたくないんだろうか、それなら無理やり見るのも失礼か。

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