彼が吸血鬼になるまでの (ページ28)

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ばかぢからページ28

心の中でいくら助けを求めたって、声に出さなければ届くはずがない。

いくら元の世界ではフィクションとして楽しんでいたとはいえ、この世界はすでに私のリアルなのだ。

助けてほしい時に助けに来てくれるヒーローなんていない。

抵抗のできない私の顎を、馬乗りになった男が乱暴に掴んだ。男の顔が近づいてくる。

無理無理無理、ほんとに無理！

ヴィクター、フェリド、クローリーと、この世界に来てから容姿の整った男ばかりを見てきたためか、顔は油でてかてか、頬は骨張っていて唇が分厚く腫れたようになっている男の顔は生理的に受け付けない。

肩を痛めていて腕を上げるのも辛いが、そこは火事場の馬鹿力。唇が触れるすんでのところで、相手の両肩を掴んで動きを止めることに成功した。

「あ？抵抗すんなよ、大人しくしてたらすぐ終わるんだからよ」

ぎろりと細い眼光で睨まれる。
怖いけど、そんな事言ってられるか！両腕にぐぐぐ、と力を入れた。

「おい、どうした。早くしろよ」

「ちょっと待て、こいつ、思ったより力がつよ…」

ふんぬー！！

顔を真っ赤にしながら、精一杯の力で相手の体を押し返す。
曲がっていた肘が徐々に徐々に伸びていき、相手の体が離れていく。

夢中で力を込めていた私の腕が勢いよく突き出されるのと同時に、男の体が吹っ飛んでいった。

「えっ」

「は？」

景色がスローモーションのようになる。

私と、周りにいた男二人が間抜けな声を出してぽかんと口を開けている間に、今の今まで私の体に乗っていた男が路地の壁に後頭部をぶつけ、昏倒した。

時間が動き出す。

「おい！なんで飛んだ！？この女がやったのか！？」

「そう見えたが、そんな馬鹿な。こんな細い腕でどうやってあの巨体を吹っ飛ばすんだよ！？」

男たちが、不気味なものを見るような目で私を見る。

なにがあったかなんて私が一番聞きたい。私、こんな馬鹿力じゃなかったよ。

「二人がかりなら、さすがに押さえられるんじゃないか？」

男たちがそんな相談を始めた。
気絶した仲間を抱えて退散するって選択肢はないのか。

なにがどうなっているのか、全然分からないけれど、今のが偶然じゃないのならもしかしたら私一人でも撃退できるかもしれない。

痛みを訴える体に鞭打って、私は立ち上がった。