彼が吸血鬼になるまでの (ページ23)

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むりページ23

「今帰った」

玄関から、クローリーの声が聞こえる。

使用人たちがクローリーを出迎える声。なにか会話をしているみたいだ。私の部屋からだと、よく聞こえない。

井戸の水汲みの仕事が終わった後、家の中は軽い騒ぎになった。

家で仕事をしていた使用人たちが、私の帰りが遅い事を心配して、様子を見に行こうかと話している矢先に、胸と背中に大きな穴を開けた私が現れた。

服には血もついていたし、私はぼーっとしていてなにを聞いても要領を得ない返答ばかり。

今日はもう休ませようということで満場一致し、そのまま部屋に放り込まれたのだ。

それから横になるでもなく、ただ今日の出来事を反芻しているだけで、思っていたより時間が経っていたらしい。クローリーが帰ってくるのはいつも夜遅くだ。

コンコンと、ドアがノックされる。

「A、入るよ」

返事は期待していなかったらしい。すぐにドアが開けられて、クローリーが部屋に入ってきた。

「なにがあった」

クローリーの姿を見てもなんの反応も見せない私に、クローリーが近づいてくる。

ベッドに腰掛ける私の目の前まで来たところで、やっと視線を上に向けた。

「クローリー様」

「ああ」

「おかえりなさい」

まず何を言えばいいのか分からなくて、とりあえずおかえりを言ってみた。
朝、いってらっしゃいを言ったから、おかえりなさいもどうしても言っておきたかった。

私がふふっと微笑むと、軽く目を見張った様子のクローリーが、「ただいま」と返してくれた。嬉しい。

「…A」

「ごめんなさい。あのですね、私は大丈夫なんです。ただ、疲れちゃったみたいで。なんだか頭がぼーっとしてて…」

頑張って、自分の今の状況を伝えてみる。
クローリーが今の私にどう触れればいいのか測りかねているのは分かるのだ。だから、困らせないようにしたい。

「服が、ぼろぼろになっていたと聞いたよ」

「あ、それはですね、ええと…」

それは、なんと説明しよう。

フェリドの存在をクローリーに伝えるのはまずい気がする。起こった出来事をありのままに伝えるのも。

なんと言えばいいのか、困り果てている私の手に、クローリーの大きな手が重ねられた。

「無理に話さなくてもいい」

「私、無理なんて」

本当にしてないのに、と言葉が続く前に、ぼろりと大粒の涙が流れ落ちた。